【その3】
灯

53: 好爺 02/08/24 09:02
沖雅也の飛び降り自殺は不可解だった。「おやじ 涅槃(ねはん)でまつ」の遺書も意味不明だし。 

精神的な病気だとは思うが、ある日(他の人には)なんでもない事で自殺する人がいる(自分も含めて)と考えると物凄く怖い。 

※沖 雅也(1952年6月12日~1983年6月28日):
俳優。京王プラザホテルの最上階(178メートル) から飛び降り自殺。

61: 名無しさん 02/08/25 23:40
>>53好き爺さん
おやじって人はまだ生きてるんですか?

67: 名無しさん 02/08/26 07:53
>>61さん
確かまだ生きてる。日景ナントカ…? 沖とホモ関係にあったというが。 

んで、沖は「涅槃で待つ」と書き残したが、なんかの本でこの人の遺書のこと取り上げて、涅槃は極楽往生した人間が行くところであって、自殺した沖には無理と結論付けてて、なんだか気の毒だった。 

78: 名無しさん 02/08/28 04:27
>>67 
日影忠夫やね。

※日景忠男[ひかげただお](1937年1月2日~2015年2月):
沖雅也の養父。芸能プロダクション元社長。美少年評論家。沖の自殺から32年後に死去、涅槃で会えたのかな?

86: 名無しさん 02/08/30 02:22
>>67 
沖の解釈では、自殺でも極楽へ行けることになってたに違いない。

602: 名無しさん 02/11/12 02:53
京王プラザから飛び降りて氏んだ沖雅也と、ショットガンで頭撃って氏んだ田宮次郎。

どっちが凄まじいだろうか?

608: 好爺 02/11/13 00:48
>>602 
田宮二郎の最後の出演作品は「白い巨塔」であったが、収録は11月15日に行なわれ、彼は自分の死ぬシーンを「うまく死ねた」と自賛していた。

そして12月28日に自殺した。放映日は死後9日目の翌年1月6日だった。

619: 名無しさん 02/11/13 15:18
田宮二郎は、TV版「白い巨塔」撮影前から既に精神的に病んでいたので、オカルティックということはないかな。ショッキングではあるけど。

※田宮 二郎(1935年8月25日~1978年12月28日):
付き人が発見した時、田宮は苦悶の表情を浮かべほとんど息もしておらず、股関節のあたりまで掛け布団が掛かっていて、布団の下から銃口がのぞいていた。散弾銃の引き金を足の指で引いたとされている。

映画『華麗なる一族』において万俵鉄平が猟銃自殺をする場面があり、映画『華麗なる一族』では田宮が望んだ万俵鉄平役がかなわず、試写会の後で「僕ならもっとうまく猟銃自殺をやれるのに」と話していた。(wiki:田宮 二郎)

67: 名無しさん 02/08/26 07:53
オカルティックな死に様か…カスパール・ハウザーが、境遇と言い最期といい、ミステリアスで読んでて面白かった。

※カスパー・ハウザー(1812年4月30日? ~1833年12月17日):
16歳頃に保護されるまで長期にわたり地下の牢獄(座敷牢)に閉じ込められていたとされるドイツの孤児。特異なまでの鋭敏な五感を持っていた。

発見後に教育を施され言葉を話せるようになり、自らの過去などを少しずつ語り出すようになったが、何者かに犯人による口封じのように二度にわたり襲われて殺された。

「大公家の世継であり、世継問題の事情によりその誕生以来、死産の子供と取替え、隠匿されていた」説、 「大公妃の姦通による子供で、王位を継承させなくした」説などがあるが、現在も不明なまま。(wiki:カスパー・ハウザー)

57: 名無しさん 02/08/24 11:44
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

※ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(1915年8月24日~1987年5月19日):
アメリカ合衆国の女流作家。1987年5月19日、老人性痴呆症が悪化した夫を、前々からの取り決め通りにショットガンで射殺し、みずからも頭を撃ちぬき自殺した。71歳であった。発見されたとき、ベッドに並んで手を繋いだ状態で横たわっていたという。(wiki:ジェイムズ・ティプトリー・Jr.)

63: 名無しさん 02/08/26 02:20
宮本武蔵とノストラダムスと坂上田村麻呂は立ったまま埋葬されてる。

※本当みたい。

68: 三輪明宏 02/08/26 17:00
三島由紀夫。

72: 名無しさん 02/08/27 01:23
>>68
介錯の際、切り方が下手で何度も切りなおしたそうな。

※三島 由紀夫(1925年1月14日~1970年11月25日):
作家。1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で、憲法改正のため自衛隊のクーデターを呼びかけた後に割腹自殺をした。三島は割腹の際、「うーん」という気合いを入れ、「ヤアッ」と両手で左脇腹に短刀を突き立て、右へ真一文字作法で切腹した。

左後方に立った介錯人は、三島の頸部に二太刀を振り降ろしたが切断が半ばまでとなり、三島は静かに前の方に傾いた。まだ三島が生きているのを見た仲間が、「もう一太刀」「とどめを」と声をかけ、介錯人は三太刀目を振り降ろした。介錯を三度失敗したことで、刀先がS字型に曲がってしまったとも言われる。(wiki:三島 由紀夫)
 
三島由紀夫 首」画像検索結果 。閲覧注意。
 
69: 名無しさん 02/08/27 01:15
将門の首って、本当に都から飛んできてあの場所に落ちたのかね?

※平将門(不詳~940年3月25日):
平将門の乱で討死(茨城県坂東市辺りでとされる)した将門の首は平安京(現在の京都市)へ運ばれ、晒し首となった。この首が空に舞い上がり、故郷(千葉県東金市辺りとされる)に向かって飛んでゆき、力尽きて数カ所に落ちたとされる。伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされている。

最も有名なのが、東京千代田区大手町の平将門の首塚である。この首塚には移転などの企画があると事故が起こるとされ、現在でも畏怖の念を集めている。(wiki:平将門)

73: 好爺 02/08/27 01:47
犬養毅は、「5・15事件」で「話せばわかる」と青年将校に言ったが、「問答無用!」と撃たれて死んだ。

と、ここまでは有名な話だが、その後、将校達が去った後女中が駆け込むと、机の上に血まみれの頭を伏せてはいたが、女中に右手につかんでいたタバコに火をつけるように命じて、 「いまの若い者をもういちど呼んで来い。話して聞かせることがある」 と言った。

それから4時間後に亡くなったが、最後まで「痛い」とは言わなかった。

74: 名無しさん 02/08/27 01:47
犬養、カッコイイ。

※犬養毅(1855年6月4日~1932年5月15日):
1932年5月15日夕方5時半ごろ、武装した海軍の青年将校たちが総理大臣官邸に乱入し、内閣総理大臣犬養毅に向けてピストルを乱射した。(5.15事件)。犬養は顔面に被弾し鼻から血を流しながらも意識ははっきりしており、上記の女中とのやり取りの後、10時ごろ大量の吐血をした。

驚く周囲に「胃にたまった血が出たのだよ。心配するな」と逆に励ますほど元気だった。見舞いに来た家人に「9発撃って3発しか当たらぬとは、軍はどういう訓練をしているのか」と嘆いたという。しかしその後は次第に衰弱し、午後11時26分に絶命した。(wiki:犬養毅)

76: 好爺 02/08/28 01:34
孔子の弟子の一人である子路は、有る国のクーデターに巻き込まれて殺され、罰として屍体を切り刻まれ塩辛にされた。それを聞いた孔子は、家にあった塩辛を全て捨てさせたという。

子路[しろ](紀元前543年~紀元前481年):
反乱で命を落とした子路の遺体は「醢(ししびしお)」にされた(死体を塩漬けにして、長期間晒しものにする刑罰)。これを聞いた孔子は悲しみにより、家にあったすべての醢(食用の塩漬け肉)を捨てさせたと伝えられる。(wiki:子路)

77: 名無しさん 02/08/28 02:33
赤髭王こと神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世は、 三回十字軍の際に、イギリス王リチャード1世と一緒に進軍するはずだったが、なぜか合流場所を間違え小アジアのキリキアに行ってしまう。

当然いくら待っても来ないので、暇つぶしに川へ水浴びへ。しかし運悪く溺死。困ったのはその部下達。小アジアからちんたら運んでいたら、確実に腐ってしまう。

結果、釜茹で。こうして数日間煮込まれたフリードリヒ1世は、骨だけとなって無事帰れましたとさ。

※神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(1122年~1190年6月10日)

81: 好爺 02/08/29 01:54
取り立てて有名人ではないが、岡田有希子の自殺の映像を、報知新聞の記者がスクープ記事として撮影した。

その記者は、警察が来ていない事を良い事に足で蹴飛ばし、撮り易い形にしてから撮影した。その記者は一年後交通事故で亡くなった。

業界では、岡田有希子の祟りだと噂されている。

※岡田有希子(1967年8月22日~1986年4月8日):
アイドル歌手。人気絶頂だった1986年、事務所ビルの屋上から飛び降りて自殺。享年18歳。


82: 名無しさん 02/08/29 12:35
>>81
その話。俺は週刊誌の記者の話として聞いた。記者が死んだので、撮ったネガはその会社に封印されてる。のおまけ付き。

でも、それて都市伝説のはずだよ。

83: 好爺 02/08/29 15:40
>>82
足で蹴飛ばして…の部分が都市伝説で捏造らしいけど、写真を撮った記者が交通事故にあってなくなった事は事実です。単なる偶然でしょうけど。

偶然といえば、『夜のヒットスタジオ』で岡田有希子の幽霊が後ろに出ていたと噂された中森明菜は、自殺未遂。岡田有希子の写真集で、2ショット写真を撮るほど仲の良かった可愛かずみも、ビルから飛び降り自殺。岡田有希子のマネージャーも謎の首吊り自殺…。
 
全部偶然といえば偶然ですけど。

※可愛かずみ(1964年7月9日~1997年5月9日):
マンションから飛び降りて自殺。享年32歳。

※溝口伸郎マネージャー(1946年?~2000年7月19日)
事務所トイレで首を吊って自殺。

夜のヒットスタジオ4:30~


138: 名無しさん 02/09/01 17:16
>>83 
足で蹴飛ばしたというのは初耳ですが、あお向けにして写真を撮ったというのは聞いたことがあります。多分、それが封印されているのではないでしょうか?

145: 名無しさん 02/09/01 21:54
>>138
だからさ、それが都市伝説なんだよ、あお向け写真の存在。

呪いが怖くて封印、そういう行為がバレたら世論の攻撃が怖くて封印、アンダーサイドに出まわる、ならホントかも知れない。

247: 名無しさん 02/09/14 12:05
岡田有希子の件ではカメラマンだけでなく、記事を書いたライターや編集者も事故死。一人は階段から落ち一人は何故か金網を越えて落ち…二人とも何故か頭を。と、週刊誌で読んだ。

※カメラマンやライターが云々…てのは、都市伝説っぽいです。

249: 好爺 02/09/14 16:44
岡田有希子が自殺した年、少年少女の自殺者が大幅に増えたらしい。 

その年(1986年)は、前年の56%増の783人、次の年は577人に落ち着いた。 

84: 名無しさん 02/08/29 16:11
山田風太郎著「人間臨終図鑑1~3」はお勧め。

オカルト的な人から、そうでない人まで色々載ってますよ。


 
85: 好爺 02/08/30 02:11
シェーンベルクという有名な作曲家がいた。

心臓が悪く、13という数字を異常に嫌っており、13日に死ぬと信じていて、毎月13日になると彼の妻が常にそばにいて、手を握っていなければならないほどだった。

7月13日の夜も同じ様に一階で夫婦でジッと座っていたが、時計が零時を過ぎたので、彼は安心して2階の寝室に上がっていった。妻は暫くして寝室に上がってみると、シェーンベルクは倒れて死んでいた。

妻はビックリして寝室の時計を見ると、その時計は0時にはなっていなかった。1階の時計は何分か進んでいたのであった。

彼は、13日に亡くなった。

88: 名無しさん 02/08/30 03:30
>>85
ほ ん ま か い …

※源資料ソースきぼんぬ

89: 好爺 02/08/30 09:21
>>88
>>85は、>>84にも書いてある『人間臨終図鑑』より。 

この中でも風太郎先生も疑問を持っているが、この近所に住んでいるトーマス・マン夫人が書いていることなので、信憑性はかなり高いらしい。

388: 名無しさん 02/10/04 12:47
>>85
その話は初耳でした。シェーンベルクは誕生日も13日。

「13を嫌っていた彼は12に留まろうと考えた。だから、かの12音技法が考案されたのは必然だった」、なんて珍説を読んだ事はあります。

※アルノルト・シェーンベルク(1874年9月13日 ~1951年7月13日):
死因は喘息発作とされている。

94: 名無しさん 02/08/30 10:27
>この近所に住んでいるトーマス・マン夫人が書いていることなので、信憑性はかなり高いらしい。 
すげぇー信憑性低いと思うんだけど(笑 。

近所のおばちゃんが語ってた、ということでしょ?

97: 名無しさん 02/08/30 11:56
>>94 
おいおい、トーマス・マン様の夫人の書いたものを、そこらの近所のオバチャンの噂話と一緒にするのは、そりゃヤバいのでは(汗)。

98: 名無しさん 02/08/30 11:58
>>97 
なんで? 誰々の婦人が書いたものだから信憑性がある、とする方がヤバイと思うけど。

102: 名無しさん 02/08/30 13:24
>>97 
>>94さんはトーマス・マンを知らないのでしょう。 そっとしといたれや。

167: 名無しさん 02/09/03 20:51
>>98 
夫人のカティア・マンは数学か政治学か何かの教授の娘で、彼女自身相当に論理的な人だったそうだが。

※トーマス・マン:ドイツの小説家。

389: 名無しさん 02/10/04 14:00
数字を嫌った作曲家といえば、マーラーの話が有名(トーマス・マン関連の人でもあり)。(※トーマス・マンの小説「ヴェニスに死す」の主人公は マーラーにインスピレーションを得て創作された人物とされている。)

作曲家マーラーは、19世紀の作曲家達(ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー、ドヴォルザーク)が交響曲を9曲書いて世を去ったという事実に対し、迷信的な恐れを抱いていた為、自身の9番目の交響曲に番号を振らず、「大地の歌」とだけ名づけその楽譜の扉に"交響曲"と記した。 

その後、10曲目の「第9交響曲」の作曲を終えた彼は、「これで危機は去った」と安堵したが、それが彼が完成させる事の出来た最後の交響曲となった。

※グスタフ・マーラー(1860年7月7日~1911年5月18日):
オーストリアのウィーンで活躍した作曲家、指揮者。敗血症で死去。暴風雨の夜であった。最期の言葉は「モーツァルトル(Mozarterl)!」(モーツァルトの愛称形)だった。交響曲第10番嬰ヘ長調は未完成。(wiki:グスタフ・マーラー)
 
87: 名無しさん 02/08/30 02:38
自殺で亡くなった俳優の沖田浩之は、父も兄も自殺で死んでいた…というのはオカ板で読んだんだったかな…。

※沖田浩之(1963年1月7日~1999年3月27日):
自宅で首つり自殺。弁護士の祖父、企業経営者であった父(1996年9月)、父の生前から経営を引き継いでいた兄(2002年4月)など、3代で4人の自殺者を出している。(wiki:沖田浩之)

91: 名無しさん 02/08/30 09:57
ギリシャの七賢人である、ペリアンドロス(コリントの僭主)の死に様。

ペリアンドロスは二人の若者に指示して、夜その道を通って進み、出会った者は殺して、それを葬るように命じた。

その後に、別の四人の者に先の後の二人の後を追わせて、彼らを殺して埋葬するように命じた。そして更に、もっと大勢のものに四人の後を追わせた。

このようにしてから、ペリアンドロス自身は最初の二人と同じ道を逆から進み、二人に出会って殺された。

92: 名無しさん 02/08/30 10:13
スウェーデンの国王ヨハン二世(1497-1501)が、『キリスト受難劇』を上覧していた時。

キリストに長槍を刺す役の役者が、演技に熱が入りすぎて、キリスト役の役者を史実どおりに本当に刺してしまった。刺された俳優は絶命して、マリア役の女優の上に崩れ落ちた。

国王はすぐさま舞台に駆け上がり、怒りに任せて刺した役者にとびかかると、その首を刎ねてしまった。

しかし、今度は長槍の演技に感動した見物人たちが、国王の首を刎ねてしまった。

93: 名無しさん 02/08/30 10:24
スタンダールは、亡くなる少し前にある友人に、「故意にしない限り、路上で死ぬほど滑稽なことはないと思う」と手紙に書いた。

のちに彼はパリのカプシーヌ通りと交わる路地の角で、卒中を起こして倒れて死んだ。

※スタンダール(1783年1月23日~1842年3月23日):
パリの街頭で脳出血で倒れ、死去。

103: 好爺 02/08/31 01:29
則天武后は、唐の太宗の下級の妾(めかけ)でありながら、太宗が死ぬとその息子の高宗を誘惑し、皇后達を捕らえて、手足を切断して酒壷に投げ込んで殺した。
 
※則天武后=武則天(ぶそくてん):中国史上唯一の女帝。