【その2】
灯

104: 名無しさん 02/08/31 17:55
ギリシャの劇作家アイスキュロス。 

鷲が空から落とした亀が直撃して死亡。

※アイスキュロス(紀元前525年~紀元前456年)
Aischylos_Büste
カメを岩へ落として食べるヒゲワシに、ハゲ頭を岩と間違えられ、カメを落とされたという。

105: 名無しさん 02/08/31 18:06
前漢の高祖、劉邦(りゅうほう)の第ニ夫人である戚(せき)夫人。 

第一夫人の呂后に目をくりぬかれ、耳をつぶされ、手足を切断され、便所に落とされて「人ブタ」と呼ばれた。 

168: 名無しさん 02/09/03 20:52
>>105 
人間ダルマの元祖だよね。

106: 名無しさん 02/08/31 18:09
アッティラ。 

結婚式の祝宴で飲みすぎて、初夜の床で激しく吐血、自らの血液に溺れて窒息死。

※アッティラ(406年?~453年):
現在のロシア・東欧・ドイツを結ぶ大帝国を築き上げ、西方世界の「大王」を自称した。

107: 名無しさん 02/08/31 18:35
みんなこんなことよく知ってるなあ…。

95: 名無しさん 02/08/30 10:50
画家のコローの最後の言葉。 

「ごらん、なんて美しいんだ!こんな素晴らしい景色は見たことがない」 

昏睡状態から抜け出したトマス・エディソンの言葉。 

「あの世は実に美しい!」

96: 名無しさん 02/08/30 11:31
数学者ラニーが危篤の状態にあった時に、そばに付き添っていたモーペルテュイ(同じく数学者・天文学者)にある人が「もうずいぶん一言も口を利いていないですよ」と注意した。 

それを聞いてモーペルテュイは「そうかい?じゃ、私がしゃべらせてみよう」というと、ラニーの耳元に口を近づけささやいた。 

「ラニー、12の二乗は?」 

すると瀕死のラニーは最後の力を振り絞って「144だ!」 と答えると、そのまま息を引き取った。

99: 名無しさん 02/08/30 12:13
>>95>>96はロベール・サバチエ著『死の辞典』からでした。

死の辞典
ロベール サバチエ
読売新聞社
1991-08


108: 名無しさん 02/08/31 18:47
イギリス国王のエドワード2世。 

外傷を残さず殺すために、肛門から焼け火箸を突っ込まれ殺害。

109: 名無しさん 02/08/31 18:51
木口小平(旧日本陸軍のラッパ兵)。
 
死んでもラッパを離さなかった、はウソ。真実は死んでもラッパを吹いていた。死んでも離さなかった、だけならただの死後硬直。実話は、以下。 

上官Aから苛められていた木口小平は自殺。その後、戦場にはどこからともなくラッパの音が…。

ある日、Aはそのラッパの音に誘われるように塹壕から這い出て、歩兵銃を手にして突撃、数百発の敵弾にズタズタにされたという。

110: 名無しさん 02/08/31 19:01
>>109 
木口小平の逸話は、もともと「死んでもラッパを吹いていた」だぞ。 

進軍ラッパを高らかに、木口は先頭にって進んでいった。大乱戦となり、味方は先を行く木口を見失ったが、ラッパの音は鳴り続けていた。やがて一時、ラッパの音が急に途絶え、暫くするとまた細々と鳴り始めた。

戦闘が止み、味方は銃弾で眉間を貫かれた木口の遺体を発見した。彼はしっかりとラッパを握り締め、口に咥えた姿勢のまま絶命していた。 

いったん、音が止まった時に即死したという話。 

※木口小平(1872年9月10日~ 1894年7月29日):
日本陸軍兵士。日清戦争で戦死した。

111: 名無しさん 02/08/31 19:05
戦争末期日本は頭の悪い戦法に出ました。

特攻です。桜花、伏龍、回天。

狂気が支配してた時代でした。

※桜花(おうか):
母機に搭載され目標近くまで移動、切り離された後ロケットモーターで加速して体当たりする特攻兵器。
桜花
母機の一式陸上攻撃機から切り離される桜花
G4M_Type_1_Attack_Bomber_Betty_launching_Baka_G4M-10
合計10度に渡る出撃の結果、桜花パイロット55名が特攻で戦死、その母機の搭乗員は365名が戦死した。(wiki:桜花)

※伏龍:潜水服を着て海底に潜み、接近してきた敵艦艇を長い竹の先につけた爆弾で攻撃する特攻兵器。



114: 名無しさん 02/08/31 21:31
>>111 
そう、怖いといえば人間魚雷「回天」。 

回天は、乗員が乗ったあと、外からハッチが閉められる。このハッチは、外側からでなければ開けられない。つまり乗員は、乗った時から、もう死んでいる… アベッシ!!

※回天(かいてん):
母潜水艦に搭載され、目標に近づいたときに搭乗員が乗り込み、敵艦艇に突入する特攻兵器。魚雷に操縦席をつけた簡単なつくり。なお、ハッチは内部から開閉可能であった。

回天1型

117: 名無しさん 02/08/31 23:28
人間魚雷って出撃して生きて帰ってきた人いるのか?

118: 好爺 02/08/31 23:29
特攻作戦の生みの親といわれる大西滝次郎が、天皇がポツダム宣言受諾の意を聞いた時。

「天皇といえども時に暗愚の場合なきにしもあらず」と叫び、終戦へむけて死闘する東郷外相の所へ行き、「これから二千万人の日本の男を特攻で殺す覚悟をすれば、この戦争に負けませんぞ」とまで言った。 

16日(降伏の次の日)未明に、一人で腹を切った。 

急を聞いた児玉誉士夫がかけつけると、「俺は、特攻で死んだ連中にわびるために、苦しんで死ぬ必要があるのだから、介錯は要らぬ」と、明け方まで苦しんで死んだ。 

立派ではあるが、やはりどこか狂っている。

119: 名無しさん 02/08/31 23:34
>>118 
大西って、終戦直後に若い奴たくさんつれて特攻かけたんじゃないの?

120: 名無しさん 02/09/01 00:57
>>119 
ttp://homepage1.nifty.com/zpe60314/se43.htm ってな感じらしいですよ。
※リンク切れ。ウェブアーカイブより。 

昭和20年8月16日
特攻隊の生みの親、海軍軍司令部次長大西滝次郎中将は

「特攻隊の英霊に白す。善く戦いたり、深謝す。最後の勝利を信じつつ、肉弾として散華せり。然れどもその信念は、遂に達成し得ざるに至れり。吾、死をもって旧部下の英霊と、その遺族に謝せんとす。

次に一般青壮年に告ぐ。吾死して、軽挙は利敵行為なるを思い、聖旨に添い奉り、自重忍苦するの誡めとならば幸いなり。隠忍するとも、日本人たるの衿持を失うことなかれ。諸子は国の宝なり。

との遺書を残し、午前三時、官邸で割腹自殺した。 

121: 好爺 02/09/01 01:43
蛇足ですが>>118で名前の出ている児玉誉士夫は、あのロッキード事件で有名な児玉誉士夫である。ロッキード社のコンサルタントとして巨額の報酬を受け取り、各所に賄賂を渡していた。 

事件発覚後、「日本海軍の敵であったロッキードのコンサルタントとなった天罰だ」と悔いた。 

彼の家に特攻隊の服を着たポルノ俳優、前野光保が小型飛行機で特攻して『戦死』した。 

※児玉誉士夫[こだまよしお](1911年2月18日~1984年1月17日):
日本の右翼運動家。CIAエージェントであったという。暴力団・錦政会顧問。「政財界の黒幕」「フィクサー」と呼ばれた。起訴されたロッキード事件では判決が出る前に死亡。

前述の大西滝次郎の割腹の際、児玉も自決しようとすると、大西は「馬鹿もん、貴様が死んで糞の役に立つか。若いもんは生きるんだよ。生きて新しい日本を作れ」と言い、いさめられたという。(wiki:児玉誉士夫)

136: 名無しさん 02/09/01 13:22
>>121 
>事件発覚後「日本海軍の敵であったロッキードのコンサルタントとなった天罰だ」と悔いた。 

どこのコンサルタントだろうが、汚職は罪だと思うのだが…これだからライトウィングは…。

164: 名無しさん 02/09/03 20:32
>>121 
児玉誉士夫の家に特攻ってアレは、硫酸入りのビンをセスナ機から投下しようとして、操縦を過って墜落したんだよ。(藁)

※児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件:
1976年3月23日午前9時50分頃、児玉誉士夫邸に小型飛行機が突入し炎上、家政婦が負傷し、パイロット1名が死亡した。特攻機を操縦していたのは俳優の前野光保(当時29歳)で、飛行機は撮影のために借りていたものだった。

前野は右翼の運動家であった児玉を尊敬していたが、ロッキード事件に絡んで起訴された児玉に対し裏切られたと感じた前野は、彼を「利権屋」と断じ、「天誅を下すべき」だとの思いから特攻に及んだものであった。(wiki:児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件)

152: 名無しさん 02/09/03 08:43
特攻は、極めて有効な戦術である。 

戦争とは「如何に効率よく兵を殺すか」である。人名一人で戦艦が沈められれば、これほど効率的な戦術はない。 

当時の日本は、戦術的勝利では挽回できないほど戦略的に不利な状況にあったのと、人的・物的資源が疲弊した状況では、如何せん限界があったということだ。

終戦間際になって、一億総火の玉となりて鬼畜米英に特攻をかけていれば、負けはしなかっただろう。 

ただし、今の日本は無いかもしれないが……。 

159: 名無しさん 02/09/03 18:17
>>152 
皆死んだら勝っても意味ないっしょ。 

誇りや美しい自然を守っても、本当に何もかも完全占領されてお仕舞いよ~

160: 名無しさん 02/09/03 18:46
>>152 
NHKで何年か前に太平洋戦争の番組やってた(製作は海外だったと思う。BBC?)。

特攻の成功確率は対応されどんどん下がってしまい、最後はほとんど当たらない、当たってもブリッジ直撃船体大破はなかったとのコト。切ない。 

坂口安吾の堕落論を読むと、日本人ってナーと思わされ、さらに切ない…平和に感謝。 

大戦時のアメリカから見たら、神風はオカルティック極まりないだろナ。

堕落論 (280円文庫)
坂口安吾
角川春樹事務所
2011-04-15

 
123: 名無しさん 02/09/01 01:51
ルイ十何世かの御代のフランスで、王族のものらしい浮浪者が発見されて保護されるんだけど、謎の刺客に殺されちゃった。 

当人はピアノか何かの素養があって、明らかに教育を受けた人間らしいのだけど、身の上についてはなぜか話さず、最後まで素性が明らかにならなかった。 

刺客の襲撃は何度か失敗していて、確か3回目で成功していたと思う。 

こんな話を小学生の時に本で読んだことがある。これってフィクション?知っている人がいたら、解説をお願い。

131: 名無しさん 02/09/01 02:50
>>123 
カスパーハウザーのことかという気がしなくもない。

132: 好爺 02/09/01 03:06
>>131 
ttp://privatewww.essex.ac.uk/~ykawat/Seminar/KasparHauser.html 
に書かれている人のことですね。 

※ウェブアーカイブより。
カスパー・ハウザーの謎

カスパー・ハウザーは、1828年5月26日午後、ニュルンブルグの広場に突然現れた。

この時16歳(推定1812年4月30日生まれ)。話すことも歩くことも、ほとんどできず、手に手紙をもって立っていたが、手紙はそれほど彼の手がかりにはならなかった。

市当局は、行き場のない彼を、はじめ市の刑務塔に収容した。このころは、水とパン以外は受付けず、他のものを食べさせると、もどしていたという。

6月18日からニュルンブルグのダウマー氏の家にひきとられ、1830年1月まで、そこで暮らした。ダウマーは、菜食主義や同毒療法の提唱者であり、カスパーをよく教育した。驚くべきことに、カスパー・ハウザーは、1828年9月から11月にかけて、自伝の断片を書き残した。

1829年10月17日、原因不明の負傷を負うが、何者かによって殺されそうになったのではないかと言われる。1831年12月10日から、アンスバッハのメイヤー氏の家に移り、さらに教育をうける。現地の裁判所で簡単な書記の仕事をした。

1833年12月14日に、アンスバッハのホーフガルテンにおいて、ナイフで胸を刺され、この傷が原因で3日後に亡くなった。そのときの事情は、今日までわかっていない。

自殺だったという説もあるが、おそらく暗殺されたと考えられている。

126: 名無しさん 02/09/01 02:17
小学生のころ社会の先生に聞いた話ですが、武田信玄は便所で用を足そうとしてケツを出したところを、潜んでいた忍者に槍でさされて亡くなったそうです。

127: 名無しさん 02/09/01 02:23
>>126 
ウンコの中に潜んでいたんでしょうか…忍者。

128: 名無しさん 02/09/01 02:38
>>127 
忍者ってそういうモンでしょ。 

129: 好爺 02/09/01 02:44
>>126 
なんという先生かなぁ、そんなヨタ話。 

武田信玄は、以前より病んでいた肺結核が悪化して亡くなったのが最も有力な説。また、狙撃された傷が元で亡くなった、との噂もある。 

いろんな話があるのは、遺言で死後3年間影武者を使い、死を公表しなかったため。この辺の話を基に作ったのが黒沢明の「影武者」。 

当時の便所は一番無防備になるため、最も警護が厳しく、忍者など忍び込めないし、忍者が隠密行動の邪魔になる槍なんて使うかなぁ。刀でさえ、通常より短い物を使っていたといわれているのに。 

こんな先生がいるから…(以下略)

130: 好爺 02/09/01 02:50
>>129 
の補足。当時の殿様の便所は狭くても2畳近く、用心深い人は6~8畳の広間の中央におまるを置くのが普通。便所の中に潜んでと言うのは、事実上不可能。

147: 名無しさん 02/09/02 23:53
>>126 
「便所で刺客に襲われ死亡」説は、上杉謙信だと思う。事実かどうかは別として。

148: 好爺 02/09/03 01:04
>>147 
そうですね。上杉謙信なら厠で昏倒して倒れた、となっていますから。でも、脳溢血か癌らしいです。 

関東出陣2日前だから、刺客説がでるのもあるけど…。

※上杉謙信(1530年2月18日~1578年4月19日)
1577年3月9日、遠征の準備中に春日山城内の厠で倒れ、3月13日の未の刻(午後2時)に急死した。享年49。倒れてからの昏睡状態により、死因は脳溢血との見方が強い。遺骸には鎧を着せ太刀を帯びさせて甕の中へ納め漆で密封した。(wiki:上杉謙信)

134: 好爺 02/09/01 04:12
その日、ルーズベルトは肖像画を書いてもらう為に正装していてた。 

午後1時に時計を見て、「あと15分ある」とつぶやいた。タバコに火をつけると突然こめかみをおさえ、「ひどく頭が痛い」 とつぶやき、がっくりと倒れた。午後1時15分だった。その約2時間後亡くなった。 

ルーズベルトの死がベルリンに伝わった時、ゲッベルスは狂喜してヒットラーに電話した。 

「総統閣下、おめでとうございます。ルーズベルトが死にました。例の占星図には、四月には転機が訪れるとありましたが、今日は4月13日の金曜日です。運命の女神が総統の敵を打ち砕いたのです」

しかし、彼もヒトラーもその4月中に亡くなった。

※フランクリン・ルーズベルト(1882年1月30日~1945年4月12日):
アメリカ第32代大統領。死因は脳卒中とされているが、時は第二次世界大戦中、日本の密教の高僧達が呪殺作戦を仕掛けていたという話もある。

※アドルフ・ヒトラー(1889年4月20日~1945年4月30日)
ドイツ国家元首。包囲された地下壕でピストル自殺したとされているが、Uボートで脱出し南極へ向かった等、生存説もある。

※ヨーゼフ・ゲッベルス(1897年10月29日~1945年5月1日)
ヒトラーの側近。ヒトラーの遺言によりドイツ国の首相に就任した直後、自殺。

149: 名無しさん 02/09/03 06:05
イギリスの英雄であるネルソンは、トラファルガーの戦いで戦死したが、その遺体は帰港するまで腐敗を防ぐためにワイン漬けにされた。 

その後、そのワインは「ネルソンの血」として、高値で取引された。

※ホレーショ・ネルソン (1758年9月29日~1805年10月21日):
イギリス海軍提督。トラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破って勝利したが、自身は戦死した。ネルソンの遺骸は腐敗を防ぐために、コニャックの樽に入れられ、ワインの蒸留酒で満たされた棺に入れ替えられ、鉛で密封され本国まで運ばれた。(wiki:ホレーショ・ネルソン)

150: 好爺 02/09/03 08:24
有名なロック・グループ「シカゴ」のメンバーの1人であったテリー・カースは、ピストルに銃弾が入ってないものと勘違いして、自分の頭に向けて引き金を引いた。 

しかし実際には弾が入っており、死亡した。1978年のことである。 

151: 名無しさん 02/09/03 08:27
まさにロックだな。 

※テリー・キャス(1946年1月31日~1978年1月23日):
享年31歳。上述の事故は、キャスがピストル持ってふざけてた結果起きた。

152: 名無しさん 02/09/03 08:43
伍子胥は苛烈だよな。

※伍子胥[ご ししょ](? ~紀元前484年):春秋時代・呉(現在の中国)の政治家、軍人
自分で頸をはねて死んだ。
 
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