【その13】
夕日

672: 名無しさん 03/02/09 10:44
神奈川県横須賀市の最東部に、観音崎というところがあります。

そこは近くに公園もあり、横須賀では有名な観光地のひとつなので、昼間は家族やカップルでにぎわっている平和な地です。しかし、夜になると…。

横須賀はちょっとした起伏が意外とあり、観音崎も例外ではありません。海と陸の境もちょっとした傾斜になっており、石畳の道以外はたくさんの木々に囲まれています。

行ってみれば分かりますが、大通りから石畳をうねうねとのぼって行き、小さな森林をぬけたらすぐ海という感じ。

海と陸の境には今は使用されてませんが、ちょっとした白い灯台があります。横須賀の東部に位置するこの灯台は、昭和の頃は随分と活躍したそうです。何の事情があったのか分かりませんが、この白い灯台が廃止されてからは、海の事故が絶えなかったとか。

また、近くに防衛大学校があり、海上自衛隊を目指す若者が学んでいるわけですが、厳しいノルマや閉鎖された中での訓練のきつさを苦に、観音崎から身を投げる学生も少なくなかったそうです。灯台以外は何の明かりもなかったため、自殺ではないという説もあります。

友人と4人である夜、観音崎の灯台へ行きました。今では、白い灯台の周りには柵がはられ、入れないようになっていましたが、恐ろしいほど静かで一種独特な雰囲気です。

写真は撮らなかったけど、実際行ってみると、この異様な空気を感じ取ってもらえると思います。


678: 名無しさん 03/02/09 16:16
>>672 
夜中に行こうと思ったけど、雰囲気がアレゲでいけませんでした。 

代わりに最南端の三崎の灯台にいきました。真っ暗で、灯台もと暗しを身をもって知りました。あそこは何かありますか?

681: 名無しさん 03/02/10 10:25
>>672 
そういう謂れがあったんですか!! 
 
祖母(故人)と叔父一家が、以前浦賀に住んでいて、何度か車で遊びに行った事があるのですが、観音崎の前の道をを通る度、妹が必ず「何かココ気持ち悪い」と言っていました(私も両親も何も感じた事が無いのですが...)。 

遠縁の親戚に昔、某手かざし教団に所属していて、現在は真○宗の僧侶になっている人がいるのですが、叔父が彼を車で案内した時に、観音崎の前で突然「一寸ここは見過しには出来ないので、降ろしてください」と言い出し車を降り、数珠を出して熱心に拝んでいたそうです。

673: 名無しさん 03/02/09 11:04
5年ほど前の夏に和歌山の白良浜に海水浴に行った時、肩に掴まれたような日焼けの跡が残りました。しかも背中側から肩を強く掴んだみたいに。
 
指だとわかる部分はうっすら4本の焼けてない部分があるだけなのに、指先の部分だけハッキリと丸い跡が残ってました。

685: オキ 03/02/11 07:20
あの…今回の話、すごーく長いんですけど、恐ろしく長いんですけど、いいですかね。 

ま、いいや、書いちゃえ。

686: 名無しさん 03/02/11 07:25
>>685 
待ってます。

687: オキ 03/02/11 07:28
今思い出しても本当に怖いんです。もしかしたら、一番怖かったかもしれません。皆さんではなく、私や私の家族にとって…父を失っていたかもしれない。 

私の中で、これは本当にネタ扱いされるかもしれないと思い、今まで誰にも話していない話です。ここは2chですが、あるいはここの皆さんなら、もしかしたら信じてくれるかもしれません。

690: オキ 03/02/11 07:45
私が小学校5年の時だったと思います。 

5月に入り春がかった頃ですが、この時期父は鯛を釣りに出かけます。朝5時頃出かけて、帰ってくる時間はまちまちです(夕方4時頃もあれば夜10~11時頃もある)。
 
父が出かける時、たいがい私は寝ているのですが、たまに起きてしまうこともあり、一緒にコーヒーを飲んだりもしました。だから、だいたい父がどんな感じで出かけていくのかを知っていました。 

顔を洗って、歯を磨き、髭を剃り、コーヒーを飲んで、握り飯を5~6つと、氷、水、酒を持って、一人で出かけて行きます。 

その日もいつもと同じように出かけたみたいでした(私は寝ていた)。そしていつもの様に、特に待つこともなく母や弟と時間を過ごしていたのです。 

その日、父は11時をまわっても帰ってきませんでした。→続く

691: オキ 03/02/11 08:03
母は、「たまにこんなこともあるけん。もしかしたらもう帰ってきて、どっかいっちょるかもしれん」 と言っていましたがやはり心配なので、眠そうな弟をおいて、叔父に電話して、叔父の車で船着き場まで見に行くことにしました。
 
船着き場に父の船はなく、父の車がきっと朝と同じように置いてありました。叔父と母が 「事故かわからん」 と話していたのを、ドキドキしながら泣きそうに聞いていました。 

とりあえず今日は遅いので、明日にでも海上保安庁に行ってみようということになりました。父と違い、どちらかというと引っ込み思案な母は、一人で海上保安庁にいけず、次の日どうしても外せない用事があった叔父を待ち、正午くらいに一緒に行こうという段取りになったようでした。 

私は父が心配で一刻も早く父を探して欲しかったので、「私が行く!今から行く!」 と駄々をこねたのですが、その日は御されてしましました。

692: オキ 03/02/11 08:22
もちろんその次の日、私は学校を休みました。イライラしながら叔父を待っていた時、家のドアが開き、父が帰ってきました。 

開口一番、「水とラーメンとメシ!」 

はっきり言って間抜けですが、私はボロボロワァワァ泣きながら父に飛びつきました。 その時は気が付かなかったのですが…。
 
気が付いたのは母が黙ってラーメンを作り、それを父に差し出した時でした。 ひとまず泣くのを止めて、まじまじと父の顔をみたのです。 

「???」 

父の髭がやけに伸びているのです。熊程ではありませんが、1日や2日剃らなかった様な感じではありません。顔も妙に汚れている様に思えました。 

「お父ちゃん。髭が伸びちょる」 私は旨そうにラーメンをすする父に、そう言いました。 

「うん。一週間は剃ってないけん」 ラーメンを食べ終わり、一息ついたふうの父。 

ここから父の話が始まりました。→つづ~く

693: オキ 03/02/11 08:44
あの日(父の話では一週間近く前)普通に海に出ると、まぁいつものように少し霧がかかっていたと。
 
昼過ぎになり霧も晴れ、魚もまぁ釣れているので、もう少ししてから帰ろうと思っていたそうです。しばらくして時計を見ると3~4時。そろそろ帰ろうと思っていた時、急に霧が濃くなってきたそうです。 

その霧は、前後左右何も見えない程に濃くなってきました。私は船の機械に弱いのでよくは解らないのですが、そんな霧でも計器や船の信号などがあるので、そう遠い場所でなけれは、帰港するのにさほど差し支えはないそうです。 

父は「今日は濃霧注意報もなかったのに、帰る時間を誤ったかな?」 程度にしか考えていなかったそうです。 そして帰ろうとした時、計器いっさいがイカれていたと。 

父はあわててエンジンの様子を調べました。 エンジンだけが何故か生きていたそうです。 

父は考えました。→更につづ~く

694: オキ 03/02/11 09:05
もう少し霧が晴れるのを待ってみるか。

しかし、1時間たっても2時間たっても、霧が晴れる様子はありません。救難信号を送るにも、計器いっさいがウンともスンともいわない。無線すら入らない。父はここで腹を決めました。 

無駄に動けば遭難する。霧が晴れるのを待つ。晴れた時にほかの船を探し近づく。長丁場になるかもしれん。油は無駄にできん。そしてその日は船上で夜を過ごしたそうです。 

次の朝目が覚めても、船は霧に包まれたままでした。霧の間は魚を釣る事に専念したそうです(もちろん計器が復活するか時どき確かめますが、ダメです)。 

そして正午を過ぎた頃、かなり濃かった霧が少し薄れ、その先に一つの船影がみえたそうです。とりあえず父は、エンジンを船が動ける状態にしたあと、一応大声で叫びましたが届くはずもなく、もう少しその船影に近寄ろうとしました。 

やや近づいた船影を見て、父はおや?と思いました。→続く

697: オキ 03/02/11 09:32
船の形が普通でない事が遠くからでも見てとれます。 

父によるとその船は「宝船」だったそうです。 

少し霞む霧と霧の間にみえたものは、何やら前時代的な、昔話に出てくるような帆船で、形容するならば「宝船」 だと。 

その「宝船」は、父が船の速度を上げても、一定の距離を保つようにつかず離れずで、はっきりとその姿を見ることは出来なかったそうです。その状態で30分程度。そして「宝船」は、再び濃くなった霧の中へと消えたそうです。 

そして又次の日も同じ様な時間にその船が現れ、それに着いていき、また霧が濃くなり…と。父が釣れた魚をさばいて食べ、持ち込んだ水と酒を大切に飲み、そして昼頃現れる「宝船」に先導され…というのを一週間近く続けた、ある昼前頃でした。 

いつものように霧が晴れていきました。 しかし、いつもと違ったのは霧の間に見えたのが、陸の影だったことでした。その後霧は嘘のように晴れ、目の前に懐かしい港が見えたそうです。 

と同時に、計器一切も復活。父はエンジンを唸らせ、無事船着き場に帰ってくることができました。

699: オキ 03/02/11 09:47
私は父の話を聞いた後、又オィオィ泣きました。まだ小学生だったので、疑問や不思議は後回しに、「お父ちゃんが帰ってこれてよかった!」 と素直に思いました。 

今思うとホントに怖いです。不思議です。その「宝船」は何だったのでしょう。その霧は何だったのでしょう(最初に父が語るように、父が出かけた日、帰って来た日にそんな濃霧注意報はなかったし、近海には発生していなかったもよう)。
 

父は、どこに行っていたのでしょう。 

「お父さんには恵比寿さんがついちょる!」(←弁天さんじゃないか、とつっこんだ)と豪語して、それからも元気に海に出ている父を、私は尊敬しています。 

ただ、それ以来父は、船に醤油を積むのを忘れません。 

702: 名無しさん 03/02/11 09:51
>>699 
俺、信じるよ。 

原因はその霧にあると思う。いろんなところで、霧に飲みこまれて変なとこに出たって話があるもん。

709: 名無しさん 03/02/11 20:08
>ただ、それ以来父は、船に醤油をむのを忘れません。 
ワタラ

711: 名無しさん 03/02/12 12:58
諸星大二郎の「八福神」によると、恵比寿さんとは漂着物を祭った神様で、ドザエモンが御神体だったりもするとか

712: 名無しさん 03/02/12 20:19
漁村とかだと、実際に水死体のことを恵比寿さんって言う。

714: 名無しさん 03/02/12 22:43
オキの親父は面白いな。本でも出せるぞ。

715: オキ 03/02/13 04:01
>>714 
はい。はっきり言っておもしろいです。しかも、やや天然です。
 
あ~。ドザエモンのこと夷さんっていいますね。記紀
(古事記と日本書紀)でも蛭子は夷さんですもんね。竜の櫃(字違うけど)みて、よく知ってるなと感心したもんですw
717: 名無しさん 03/02/13 16:22
いつも楽しみに拝読しています。 

オキさんの話で思い出したんだけど、先日、友達の魚屋が活きてるカサゴをうちに持ってきたんだ。僕が画の学校に行っているので「写生にでもつかってよ」って言ってくれたんだけど、普通のカサゴと目つきが違う。ほんとに僕を睨んでいるんだよ! 

写生はしたけど、翌日、海に放しに行ったんだ。波が行ったり来たりしてる。カサゴはジッとしてるので、僕は「早く行けよ」と追ったら、水の中でクルッと振り向いて僕を見た。 

その目から感じた感情をうまく言えない。なにか、得体の知れない感じ、かな? そして、カサゴは去っていった。 

カサゴのから揚げ美味しいんだけどねえ。でも怖かった。

718: 名無しさん 03/02/13 16:50
>>717 
おまいはイイヤツだ。

720: 名無しさん 03/02/13 19:04
>>717 
ホホエマシイ... わしもそう思う。

719: 名無しさん 03/02/13 18:30
>>717 
雪の晩に旅の人が一夜の宿を借りに来たら、快く迎えてあげるが吉。

727: 名無しさん 03/02/14 01:56
>>717 
釣りをしていて思う事ですが、魚にも運があると思います。

喜んで磯に上げて眺めていたら、気合いで海に逃げ込んだり、食べたらおいしいカワハギを釣った時に、つぶらな瞳でこちらを見ながらおちょぼ口でぱくぱくやってるとかわいそうで逃がしてあげたり。

ビールびんサイズのアイナメを冬場に釣り上げて、ほっといたら1時間してもバタバタしていて余程海に帰りたいのか、逃がしてあげたり。 

おさかな運命がいい魚と悪い魚がいるんです、きっと…。

728: 名無しさん 03/02/14 01:59
>>727 
たまに噛み付いたために、踏み潰されて捨てられる魚もいる…。

723: 名無しさん 03/02/13 22:41
毎年夏になるとカサゴ釣りに行って、生きたまま捌いて刺身で食ってます。カサゴからは何も感じません。

724: 名無しさん 03/02/14 01:28
>>723 
すべてのカサゴが怖い訳ではないでしょう。でもパックで売ってるカサゴの刺身しか食べたことのない私は、新鮮な刺身が食べられるあなたが羨ましい。

731: 名無しさん 03/02/14 12:05
…なんか普段食べない魚を買いたくなって来るスレだなぁ。帰りにデパ地下の魚売り場寄って帰ろっと。

729: 名無しさん 03/02/14 04:14
海っていえば海底火山も…↓ 
ttp://www.passion-web.com/akaba/torishima2.html
※リンク切れ。ウェブアーカイブより。

明神礁の大爆発
明神礁の大爆発
恐るべき海底火山「明神礁」

1、事の発端
1952(昭和27年)9月17日午前8時、静岡県カツオ漁船「第11明神丸」150トンから焼津漁業無線局に緊急無線連絡が届いた。

「17日0700、ベヨネーズ列岩北北東17マイル、海底火山爆発中、爆発は極めて盛んで煙は2~3箇所から500メートルの高さに昇り、現在小島を形成中」

2、ベヨネーズ列岩と明神礁
後で述べる悲劇を書く前に、この付近の地図について説明しておこう。青ヶ島の南59キロに「ベヨネーズ列岩」と称する岩礁がある。別名「ハロース」(波浪の巣)と呼ばれ、高さ9.9メートルの岩礁が水面から顔を出し、1846年フランスの軍艦「バイヨネーズ」が命名したためそう呼ばれている。

黒潮反流に洗われ、春から初夏にかけてはカツオ・トビが来遊し、秋には大型のマグロが獲れる。また、岩礁付近には青ダイ・オナガ等の高級魚が生息する好漁場である。

一方において、世界で最も危険な海底火山のエリアとして、
船舶は極力航行を避けるよう指示されている海域でもある。



3、東京水産大学「神鷹丸」の記録
この連絡を受け、いち早く現場に駆けつけたのは東京水産大学の一回学術調査隊「神鷹丸」229トンであった。同船は23日午前4時現場付近に到着、その時小島は既に海面から姿を消し、1メートルの岩と2つと変色海面が見られるだけであった。

しかし、8時34分と13時12分に大爆発があり、軽石採取のため果敢にも火口近辺に接近した同船は、13時40分、目前で3度目の大爆発を経験することとなる。同船に乗船していた朝日新聞の記者「日下実男」は次のように証言している。

「それはなんとも形容できないほどの凄まじい光景であった。船はのんびりと進んでいった。そして噴火口まであと1.5キロの至近距離まで近づいたとき、眼前の海面が直径600メートルの饅頭型に隆起し、暗青色の海水ドームを作った。見る間に放射状に割れ、そこから白い水柱と黒い噴出物が巨大打ち上げ花火のように猛烈な勢いで飛び散った。噴煙は高さ8千メートルに達した」

4、海上保安庁「第五海洋丸」の遭難
その後、海上保安庁観測船「第五海洋丸」211トンは、水路保安及び学術調査のため現場に向かったが、24日12時20分、不運にも明神礁の巨大噴火に遭遇し、乗組員22人調査団9人計31名が殉職した

日本政府は面子にかけて広範囲の大捜索を行ったが、生存者はもとより、幾つかの船の破片を除いて回収されるものは少なかった。

発見された僅かな船の破片から、爆発遭遇は確定的となり、遺物の状況から右舷下方から異常な圧を受け、極めて短時間に転覆沈没したことが判明した。

この付近の火山のマグマは粘性が強く、雲仙普賢岳や有珠山と同じ激しい噴火をする。その後、明神礁は数回爆発を繰り返し消滅したが、海上保安庁はこの付近の海域を「海底活火山危険区域」に指定した。

5、明神礁の海底地形
1989年海上保安庁水路部の無人調査船「マンボウ」はこの悲劇の海域を詳しく調査した結果、次のような驚くべき結果が判明した。下記に掲げた海底図形をよく見ていただきたい。

明神礁・海底地形図
明神礁・海底地形図

この海域には強大な南北二つの噴火口があり、ベヨネーズ列岩は南の噴火口で、カルデラ外輪山の西端が海上に露出(図の白い部分)したもので、なんと「明神礁」はカルデラ外輪山の北東端が火山を形成したものであること判明した。

6、冥福を祈る
あの慎重な海上保安庁の船舶がどうしてこのような事態になったのか。

この付近は黒潮の流れが速く、たとえ噴火で海面が濁っても、たちまち洗い流され、再び群青の海面をトビウオがすいすい飛んでいる海域である。まさか本船の真下に、恐るべき海底火山が潜んでいるとは夢にも思わなかったであろう。

この事故には、未だ解明できない幾つかの疑問点があるものの、今後のために記録しておきたいものである。

732: 名無しさん 03/02/14 14:03
千葉でサーフィンしてた時に、波を待ってる俺の顔の横に「たつのおとしご」がぷか~って漂ってた。捕まえるのもかわいそうなんでほっといた。 

後で仲間に話したら「いね~よ!バカ」と言われました。いますよね? オカルトじゃなくてすみませんが気になって…。

733: 名無しさん 03/02/14 15:53
多分いない。 千載一遇の出会いだったのかも 

>>732 に何かメッセージを託したかったのかも…。

734: オキ 03/02/14 16:20
>>732 
いるよ。昔見つけたから捕まえて飼ってたよ。三日で死んだけど(泣。

死んだ後ものすごい悪臭でした。埋めてお墓造ったけど、埋めた後もしばらく臭った。龍の落とし子、クサー。

735: 名無しさん 03/02/14 16:26
へー、タツノオトシゴって臭いんだ。知らんかったよ。

742: オキ 03/02/15 02:42
>>735 
確かに青魚とかチョー臭い。 でもそれは腐ったからであって、龍の落とし子は死んだ直後からむちゃくちゃクサーだった。 速攻腐るのか?! 

謎… 誰か知らない?

743: 名無しさん 03/02/15 10:13
>>742
小学生の頃、能登島の水族館に行った時か伊勢の水族館に行った時の筈なのですが、土産物屋でタツノオトシゴの干物(食用では無いです…剥製みたいな感じ?)を売っていたのを記憶しています。臭いは嗅がなかったけれども、洗面器みたいなのに沢山入っていました。 

見間違えじゃ無いと思うのですが、タツノオトシゴをお土産物にする(ないしは業者に売る)漁師さんって居るんでしょうか?

744: 名無しさん 03/02/15 10:35
>>743 
昔銚子の水族館か、近くの土産物屋で見たことある。やすっぽいプラスチックの箱に入って、ミヤゲモノ~♪って感じだった。

745: 743 03/02/15 11:53
>>744 
あ、やっぱりあるんだ。 

タツノオトシゴって養殖しないよ…ね? 沢山獲れるイメージもないし、専門の漁師さんってのも想像がつかないけど。

746: 名無しさん 03/02/15 14:42
>>745
おれ、タツノオトシゴの剥製持ってるYO。10センチくらいかな。べつに何にも匂わないし、フツーだけどな。

748: 名無しさん 03/02/15 16:07
漢方薬の材料にタツノオトシゴの干物があったような…。

749: 名無しさん 03/02/15 17:52
>>748
あるねそういゃ。チ○コが元気になるそうな(w



751: 名無しさん 03/02/16 01:35
臭いと言えば、ノドグサレというメゴチの親戚は、生きてる時から禿げしく臭い。でも味はメゴチと変わらず、禿げしく旨い。

758: 名無しさん 03/02/16 16:51
>>751 
えーっノドグサリじゃなかったっけ?

※ネズミゴチ:
メゴチ、ノドクサリ、ヌメリゴチ、ネバリゴチ、ガッチョ、テンコチ、ヨダゴチなどの別名を持つ。
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「ノドクサリ」(喉腐り)という呼称は内臓に刺激物質を持つ種があり、それらの口の中から異臭がすることに由来する。(wiki:ネズミゴチ)

755: 名無しさん 03/02/16 16:15
妹が北里大の水産学部だったんだけど、一般教養終わると三陸キャンパスにいくのね。そこでは海のおっかない話満腹状態だったそうだ。

夏場、遠路はるばる泊まりに行ったんだが、三陸大津波関連だと思うけど普通にアパートの裏に当時の犠牲者のお墓があったりして、コワイ話されて遊ぶどこじゃなかった。

756: 名無しさん 03/02/16 16:18
>>755 
妹君に怖い話を書いてもらえないだろうか。

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