476: 名無しさん 03/01/19 20:14
横田めぐみさんが失踪したのと同時期に、奇妙な体験をしました。 

当時高校1年だった俺は、海辺の我が家から友人宅へ向かうべく歩いていました。時刻は午後9時をまわっていたでしょうか。住宅地とはいえ街灯も疎らで薄暗い海岸近くの生活道路に、俺以外の人影は全くありませんでした。

と、後ろから足 音が聞こえてきました。何気なく振り返ってみると、10メートル程後方に男がいます。一見して、それほど若くないことだけはわかりました。 

足音が早くなり、その男がどんどん近づいてきました。追い越すんだなと思っていると、その足音は1メートルほど後方で歩を緩め、俺にぴったりと追従する形になりました。

細い路地ならともかく、そこは幅員5メートル程もある道です。明らかに意図的なその行動に、当時既に武道の有段者だった俺も、相手の真意を質すことはおろか、振り向くことすらできなくなっていました。 

そのまま10メートルも歩いたでしょうか。後ろの男が再び早足になると、息がかかほどに密着してきました。  

この後の事を書と予定調和臭くなるので気がひけるのですが、事実なので書きます。 

密着されて俺の恐怖が最高潮に達した瞬間、角を曲がって1台のバイクが近づいてきて、俺の前に止まりました。「よ~お 、久しぶり。」それは中学時代の友人でした。 

その時、初めて目前の異様な状況に気づいたその友人が「え?誰?何?どうしたの?」 と素っ頓狂な声を上げると同時に、男は不自然に顔を背けると、海岸方向に走り去っていきました。 

横田さんが連れ去られたとされる場所から数キロ地点の海岸線で、彼女が失踪してから数ヶ月後に体験した実話です。 
 
マスコミが彼女の失踪を報道した翌日、当時通っていた道場の後輩が「あの横田って俺の同級生なんスよ」と言っていたのが、今でも鮮明に思い出されます。 
 
477: 名無しさん 03/01/19 20:37
>>476
もしかしたら、今頃…テレビに出てたかもね。

479: 名無しさん 03/01/20 12:09
>>476 
こわいよー。でも、無事で良かったですね。

481: 名無しさん 03/01/20 21:37
>>476 
うわー!凄い怖い…そのお友達に感謝ですね。「え?誰?何?どうしたの?」にちょとワラタ(スマソ) 

でも、そんなに不思議がるほど、その怪しい男は近くにいたってことですよね…コワー。

482:名無しさん 03/01/20 21:55
>>476 
友人の登場が無く、武道有段者のあなたがその追跡者と格闘になり、傷害事件となり、相手の身元が明らかになった方が意義があったと思う。 

>>476さんが過剰防衛で罪に問われたとしても、相手が不法入国者だったら、良い意味で公になる事件に発展していたかも。

483: 名無しさん 03/01/20 22:01
どっちにしろ怪我が無くて良かった。

※横田めぐみさん拉致事件:
1977年11月15日、新潟の女子中学生、横田めぐみさん(当時13歳)が北朝鮮により拉致された。北朝鮮側の説明によれば、横田めぐみさんは1986年に結婚し、1987年に一児を出産するも、1994年4月に入院先の病院で自殺、1997年に火葬したとしている。金正恩の母が早くに亡くなったため、彼を育て上げたのは彼女だという説がある。(wiki:北朝鮮による日本人拉致問題)

493: 名無しさん 03/01/22 19:25
以前私が添乗員だった頃に、バスのドライバーさんから聞いた体験談で、一番怖かったのをお話します。 それは沖縄県の話です。 

プライベートビーチのあるホテルに行った時、翌朝は早めの出発だったため、乗務員もお客様と一緒のホテルに宿泊することになりました。 

でも、その日は満室で、乗務員のドライバーとガイドは地下の乗務員部屋を与えられました(空いてる時は客室をもらえるのですが、満員の場合は雑魚寝室しかないのです)。いくら仕事とはいえ男女一緒では可哀相だと、ドライバーさんは遠慮して、自分はバスで実家に帰りました。 

 その後、ガイドの20代の女性がだだっぴろい部屋でたいくつしていると、電話を発見!それは外線も使えるものでした。彼女は早速その電話で、友達に電話。

 「…あ、もしもしー!○チャン!わたし~!今ね、泊まりで××ホテルにきてるんだけどさ。ドライバーさんも帰っちゃって、一人でつまんないの~!」と、元気よくしゃべりまくった。
 
 すると、友達の○チャン「え?何言ってるの~?周りでいっぱい人の声がするじゃん!楽しそうじゃん!」って。 

そう、その部屋はかつて、溺死者などの緊急安置所として使われていたのでした。 

私はそのホテルに泊まったことはありません。その話を聞いた後に、添乗でそのホテルに泊まった同僚は、確かにその部屋があることを確認しました…。

494: 名無しさん 03/01/24 03:00
マリーセレスト号の乗員失踪事件。 
ttp://www.pluto.dti.ne.jp/~momoneko/ship.html 
ここに詳しく事件の詳細が書いてあった。 

すごい謎な事件だ!!ってか今まで解明できなかったみたいだから無理かな。日記の続きが気になる! 
※リンク切れ。ウェブアーカイブより。

1872年12月5日午後3時。ジブラルタルに向かうブリッグ船(二本マストの帆装船)デイ・グラチア号が、サンタ・マリア島からおよそ590キロ地点を航行していた。

しばらくしてデイ・グラチア号は、一隻のブリッグ船に近づいた。海上の作法に従い挨拶の信号を送ったが、先方からはなんの応答もなかった。そればかりかその船は風の吹くまま右に左に波間に漂い、誰も舵を取っているようには見えなかった。

その船が数ヶ月前にニューヨーク港を出航した、マリー・セレスト号であることに気づいたモアハウス船長は、一等航海士及び二人の船員と共にボートに乗り込み、マリー・セレスト号に乗り移った。

船長は甲板の船板を踏みならしながら大声で怒鳴った。だがなんの反響もないどころか、猫の子一匹いなかった。
 
マリー・セレスト号の乗組員は、当時45才のブリッガス船長の他、一等航海士、二等航海士、コック、四人の水夫。他に船長夫人ファニーと二歳になる娘が同船していた。
 
船はどこも痛んでいなかった。暴風雨にあった様子は毛ほどもなく、すぐにでも航海できるばかりになっていた。新鮮な飲料水も食糧もたっぷり残っていたし、水夫部屋の中もきちんと整頓され、部屋の人たちはほんの五分前に出ていったとしか思われないほどきちんとしてあった。
 
キッチンの調理鍋にはまだたくさんの料理が残っており、ストーブには燃えきった後の灰がそのままになっていた。食堂のテーブルには、手をつけたばかりの料理がそのまま残っていた。一枚の皿には食べかけのかゆがあり、半熟の卵が割られたまま手つかずにあった。

咳止め用の薬瓶がふたを開けたままになっていた。おそらく、使用しないままそこを立ち去ったに違いない。牛乳瓶も手つかずのまま置いてあった。

備え付けの救命ボートは、一隻も使われた様子がなくそっくりそのままで、降ろされようとした様子すら見られなかった。
 
いったいこれはどうしたというのだろう。無理に説明をつけようとすれば、ある日突然、乗組員全員が大急ぎで甲板に駆け上がり、海中めがけて飛び込んだとしか考えられない。だとすればどうしてそんなことをしなければならなかったのか。
 
マリー・セレスト号の船長室から、航海日誌が発見された。だが手がかりになるものは何も得られなかった。

日誌には11月7日、ニューヨーク港を出港以来、11月24日までのことが正確に記されてあった。それによると船はその頃北緯36度56分・西径27度20分、すなわちアゾレス諸島のサンタマリア島から、西方76キロの地点にあったという。

以上の点から、マリー・セレスト号はデイ・グラチア号に発見されるまで、少なくとも10日ほどの間およそ10キロあまり漂流していたことになる。

ほかに11月25日朝の分がメモ帳に記されてあったが、それは「わが妻ファニーが…」で唐突に終わっている、意味不明の走り書きだった。

※マリー・セレスト号事件の推理は【その1】に。
 
496: 名無しさん 03/01/26 00:37
元、中学教師だった同僚の話。

僕の会社の同僚に、中学の教師を6年間していた男性がいます。彼はとても真面目な男で、まるで教師になるために生まれて来たような人間です。でも後日、彼が教師を辞めた理由を聞いて私はとても驚きました。 

2年前、夏の臨海学校へ行った時に、不幸にも1人の男子生徒が水泳中に心臓麻痺で亡くなりました。教師としての彼の責任は皆無とはいえず、生徒のご両親からは随分と責められたそうです。 

そして昨年、同じ臨海学校へ行った時の事です。

真夜中に生徒の各部屋を見回りながらトイレに入りふと鏡を見ると、 亡くなった生徒が海水パンツ姿でずぶ濡れまま立っていて「先生、一緒に僕も帰りたい。お母さんの所へ帰りたい。」と涙を流しながら、鏡の中でじっと彼の方を見つめて言っていたというのです。 

その時、教師としての彼には恐怖感はなく、生徒をこんな悲しい目に合わせた自分にはとても教師の資格がない、と強く感じたようです。 

ちなみに今の彼、は優秀なビジネスマンとして毎日頑張っています。 

499: 名無しさん 03/01/26 10:47
とある堤防で、足を堤防から投げ出し座って釣りをしてました。 

前日の夜に騒いで酒を飲んだ事も手伝って、晴天の下、眠くてしょうがなかった。急に寝入ると体がガクンとなりますよね。堤防に座っているので、ガクンとなると海へ落ちます。でも眠い…。

すると50代後半の手ぬぐいを頭に巻いた、細身のおばさんが右後ろから「危ないよ」と心配そうに声をかけてくださったのです。私は「あ、どうも…」と会釈をしたのです。 

あばさんは私の後ろを通って左側へ歩いていったので、左側を振り返ると誰もいないのです。堤防は右が先端。左はかなり長く続くのに…。

500: 名無しさん 03/01/26 13:52
>>499 
そのオバハン、海に落ちちゃったんじゃねぇか?

501: 名無しさん 03/01/26 14:07
私の家の近くに川があるんですけど、そこ昔、よく死体が流れ着いてたらしいんです。 

なんでも、東京湾に投げ込まれた身元不明の人達のだったらしいんですが、最近その川の周りで、着物を着た人をよく見かけるんです。しかも、ずぶぬれで。 

最初のうちは雨に降られたのかな~とか思ってたんですけど、それが毎日のように歩いてるんです。友達に聞いても、よく見るって言うんです。しかも同じ時間に、全く違う場所で。 

それを確かめるために、友達とその川に掛かっている一番遠い橋同士に立って、その人を見かけたら、電話(ケータイ)すると言うことをやったんです。 

もちろん、遠すぎて友達の姿なんか見えるわけ無いんです。なのに、同じ時間に同じ人、見ちゃったんです!! ものすごく驚きました。 

それ以来、帰る時間も異なるようになって見かけなくなりましたが、私の後輩も、見たことがあると言ってました。

502: 名無しさん 03/01/26 14:11
>>501 
残念ながらそれはありえない。友達かあなたのどちらかがウソをついているのですよ。

504: 名無しさん 03/01/26 15:29
これは私はお目にかかっていないが、親戚のおばさんが体験した実話です。 

親戚のおばさんはとっても霊感の強いお方なのですが、ある日北海道へ旅行にいった時の事。
 
その場所は、昔その辺り一帯アイヌ民族が住んでいたというところだったらしいです。で、とある湖畔の景色があまりにも綺麗だったそうなので、湖畔を背に写真をとったそう。

後日、写真を現像してみて、おばさんは絶句。自分達の後ろに、沢山のアイヌ民族の衣装を着た人たちがずらっとならんで写っていたそうです。自分達の後ろには誰もいなかったのに…。 

その後、その写真は心霊写真等を供養するお寺に持って行って供養してもらったらしいのですが、そこのお坊さんもこの写真は危険だといっていたそうです。

506: 名無しさん 03/01/26 17:15
>>504 
ナコルルが、そしてリムルルが…。 

アイヌ民族を来た人がずらっと写ってるって結構カカッコイイじゃん。お坊さんが危険だと言ったのなら供養してよかったんだろーけど。 



505: 名無しさん 03/01/26 16:36
これは、四国の某海岸で聞いた話です。 

毎年お盆になると海で死んだ人のために、陰膳
(かげぜん)というものをするそうです。供養のために離れとか、仏間においておくそうです。時々、そのご飯が少しだけなくなっているとか。当然、猫とか誰かのいたづらなんでしょうが。 

僕の友人の家でも毎年、亡くなったおじいちゃんあてのお膳が仏間に置いてあったそうです。
 
ある年の夜、「くちゃくちゃ」という音で目覚めた友人は、音のするほうに行きました。すると仏間から聞こえてきます。戸の隙間から見ると、黒い影がしきりご飯を食べているそうです。長い舌でご飯をくちゃくちゃとなめまわしているそうです。 

怖くなった友人は思わず「誰だっ」て叫んだら、その影が振り向きました。するとその顔は、生きているはずの父でした。

恐怖と驚いたので気が遠くなった友人は、朝まで失神しました。翌朝目が覚めてみると誰もいません、仏間のご飯もそのままです。彼の父親も普通どおりでした。 

あれは真夏の夢だったんだと思い、学校に行ったそうです。そして彼が学校から帰ってくるやいなや、突然彼の父が職場で亡くなったという電話が入りました。 

彼は今でも思うのです。あれは死神が見せてくれた予言だったのでしょうか。 

507: 名無しさん 03/01/27 01:05
>>505 
でっ。怖ッ!

509: 名無しさん 03/01/27 21:52
>>505 
ついに中の人が動き出したか…。

510: 名無しさん 03/01/28 23:26
>>509 
中の人などいない!

512: 名無しさん 03/01/28 23:30
>>510 
果たしてそう言いきれますか?

515: 名無しさん 03/01/30 01:17
もう10年以上前のことになりますが、海外のヨットレースで日本人女性が亡くなる事故がありました。当時マスコミでも大きな話題となっていましたから、ご記憶の方もいるかと思います。

ビデオ制作関連の会社に在籍していた私は、そのレースのプロモの編集に携わっていました。事故後もレース自体は中止されることなく、プロモも事故を起こしたヨットの映像は一切使用しないと言う条件で、制作が続行されました。 

さて編集作業ですが、素材となるテープはレース開催前の練習風景から撮影されていますから、膨大な量です。当然、事故を起こした ヨットも、亡くなられた方も相当に映り込んでいました。

中でも印象的なのは開催レセプション風景。様々な関係者達にインタビューをしているのですが、件のクルー達にもカメラが向けられます。

はじめは他の仲間たちと口々に豊富や意気込みを喋っていた彼女でしたが、一人また一人とカメラの前を離れていき、最後には彼女一人きりになってしまいます。

それに気付いた彼女はカメラに向かって寂しそうに笑い、ひと言 「…あたし…ひとりになっちゃった…なんで…」。 

自らのその後を暗示するかのような言葉に、哀れさと同時に、少なからず背筋が寒くなる思いでした。

彼女は転覆したヨットの下から出られなくなった仲間を助けに行き、足にロープが絡まり亡くなったのです。そして亡くなったのは、彼女一人きりだったのです。 

516: 515 03/01/30 01:18
冗長な未編集テープを見続けると言うのは、想像以上に疲れるもの です。深夜三時をまわった頃だったでしょうか、私ともう一人の編 集マンは何度目かの休憩をとり、編集機の前を離れたのです。 

と、その時。「ズ…ズズ…ズ」編集機の前のビデオプリンタが、 ひとりでにプリントし始めたのです。何かを。しかもプリントするためのコード付きのリモコンは、コードの絡まりを直すためにジャックを抜き、編集マンがその手に持っているのです。 

思わずモニタを見ると、オフにしたはずなのに、再生と早送りを不規則に繰り返しながらテープが廻っています。何を映しているシーンなのかはノイズが多く、判然とはしません。その間もビデオプリンタは、焦れったいほどの速度で何かをプリントしています。 

「ズズ…ズ…ビシッ」

深夜の編集室に、吐き出されたプリ ント紙がカットされる音が響きました。私たちは恐る恐るそれを手に取りました。

やはり、と言うべきなのでしょうか。そこには質の粗いモノクロの映像でもはっきりと判る、亡くなった彼女の姿が映し出されていました。

そして言葉もなく立ちつくす私たちの前で、滅茶苦茶な再生、早送りを繰り返していた編集機も、まるで何かに満足したかのようにゆっくりと動きを止め、プリントされた彼女の姿をより鮮明にモニタに写し、動きを止めました。 

モニタの中で彼女は、ヨットの先端に一人きりで座り、遠い水平線をじっと見つめているのでした…。 

※念のため1980年代から調べてみたのですが、日本人女性がたった一人だけ亡くなったという海外のヨットレース事故は確認できませんでした。99.9%以上私の調べ方が悪いとは思いますが、作り話の可能性も0.1%以下の確率で存在。>ご記憶の方もいるかと思います、という冒頭の書き込みが、私は知らないけど、きっと有名な事故なんだろうなぁ、と思わせてしまうところがすごいと思いました。

517: オキ 03/01/30 02:32
「海は本当にいろんなことがある」 

海に行き続けて45年、今は兼業漁師の父の言葉です。今回は私と父が一緒に体験した話。 

私が小学校3年の時、父と共に船で夜釣りに出かけました。湾外に出ると陸の明かりはもう見えなくなっており、その日は漁り火も少なかったと記憶してます。ただ月明かりか、夜は明るく海の真ん中に私たちだけがいるようでした。

その日は本当に良く釣れたんです。一時間もしないうちに大漁になり、私は「お父ちゃん、今日は明るいのに良く釣れるね」と、なんの気もなしに言うと(月が明るいと釣れないといわれている)父は突然仕掛けを片づけ始め、「うん、こんな日は早く帰った方がいい」と空を見上げました。 

その時初めて気が付いたんです。空に月が二つあったこと。 

「わぁ!あれ何?!」と私が叫ぶと、父は静かに「そんなこともある。もうあれを見たらいけん。中に入ってなさい」と、私を船内に押しやるのでした。 

あれはなんなのかと、改めて聞いてはいけない気がしましました。聞いても多分父は「わからん」と言うでしょう。

この手の話は沢山父に聞きました。その都度言うのです。 

「そんなこともある」と。 

518: 名無しさん 03/01/30 02:40
>>517 
父さんの多くを語らない寡黙なようすがカコイイです。

521: オキ 03/01/30 06:57
>>518 
以外とラテン系で、ノリの良いオヤジなんですけどね(昔、遠洋で海外をよくまわっていた父のお気に入りはスペイン)。
 
そんな父に聞いた、幼少の頃の話。長くなると思うので面倒なかたは飛ばしてください。→つづく

522: オキ 03/01/30 07:15
父がまだ小学生の頃。 

その頃から父は釣り好きで、休みになると朝からバケツと釣竿を抱え、山を一つ越えた村のほうまで行ったりしたそうです。今なら車で20分足らずですが、当時は道も悪く、徒歩で4時間強位でしょうか。
 
父のポイントはその村からさらに進み、山の峠にあるトンネルを越え、そこから崖下に下るといった場所にありました。 

その日はいつもに増して良く釣れ、父は大ハシャギで釣りに熱中し、気が付くと日も暮れて綺麗な月夜になっていました。魚はまだまだ釣れるようでしたが、「遅くなってしまった!怒られる!」と思い、その場を後にしました。→つづく

524: オキ 03/01/30 07:41
夜の山道は存外明るく、これといった苦もなく、トンネルの入り口にさしかかったそうです。
 
トンネルはそんなに長くなく、出口からは明かりが俺ています。出口に近づくにつれて、出口付近のトンネル上部の様子がだんだん分かってきました。見境なしの蔦
(ツタ)や、何か分からない蔓(ツル)の影が見えてきます。 

「あれ?」 

その一部に、父は異様な影を発見しました。 

トンネル上部から、蔦や蔓ではない、何か大きな影がぶら下がって揺れているのです。何だろうと思い、釣竿とバケツを持って出口に駆け寄るとそれは… 

トンネル上部から逆さにぶら下がっている、浴衣の様な薄い着物姿の女の人でした。 

髪は垂れ下がりそれは恐ろしい形相で、そしてまた、何事かをブツブツ呟いています。父はバケツを放り投げ、一目算に走りました。→まだつづく

525: オキ 03/01/30 08:03
怖くて逃げたのではなく、こう思いながら走ったそうです。 

「大変だ!おばちゃんが宙づりだ!助けな!助けな!」 

こうして、その村まで走り、村の駐在さんにパニック気味でその旨を伝えました。駐在さんは半信半疑ながら、何か大変な事故かもと、村人数人でそのトンネルへ駆けつけたのです。そこには… 

何もなかったそうです。父がばらまいたはずの魚すら…ただ、釣竿と空のバケツが転がるだけでした。 

その話を終えた時、父は「えらいメにあった」 と少し怒っていました。夜中になんてイタズラをするんだと、こっぴどく絞られたそうです。怒られたうえに魚もなく、きっとやるせなかったでしょう。 

そのトンネル、いまでもいわくつきのスポットとして地元では話がたえません。 

526: 名無しさん 03/01/30 13:16
>>525 
 魚が良く釣れたのは、その釣りポイントに死体があるからだべ。

530: オキ 03/01/30 19:49
>>526 
よく分かりましたね。この話の峠というのは、龍〇瀧という自殺の名所です。 

父は「狸にばかされたか、魚をとりすぎて海の人が怒ったんだろ」と言います。この海の人ってのが何か分からない…たまに何やら電波なニオイのする父です。

617: 名無しさん 03/02/05 16:39
>>526 さんに捧げます。 

2年ほど前に、A港に友達と釣りに行ったオレ。いつもと違うところで釣ってたらかなりの大漁。不自然なほどの釣れっぷり。 が、途中でオレらのすぐ横に何台もの重機が…なにやら岸壁付近で作業開始の様子。 

まあ、釣るものは釣ったしここで友達と解散。魚は近所にもお裾分けし、夕食にはもちろん釣ってきた魚の料理が並ぶ。家族皆がおいしそうに食べている。

その時である。つけていたテレビから今日のニュースが流れてきた。 

今日、A港の一斉清掃が行われました。行方不明となっていた◯◯町の◯◯さん一家の車の中から一家4人の遺体、◯年前に行方不明になっていた◯◯市の女性の遺体、身元不明の遺体などが発見されました…。 

…そうゆーことだったんですね。>>526 さん(つД`) 

533: 名無しさん 03/01/30 21:00
「海のボールは食べられる。」 

うちの親父が、おれが子供の頃言った電波発言。現在はその発言を否定。

【その11へ】