【その2】
Yamato_Trial_1941

84: 名無しさん 01/11/26 00:08
世界で最初の戦車は、通信に伝書鳩を使っていた。

※マーク I 戦車:
British_Mark_I_Tank
イギリスが第一次世界大戦中に開発、使用した世界初の戦車「マークI」のデビュー戦は、1916年9月15日。無線機の搭載が行われたのは1917年後半から。(wiki:マーク I 戦車)

65: 名無しさん 01/11/25 19:11
実は豊和工業は、一時期AR18をアメリカから委託されて生産していた。

ところが出荷直前に、お上から「日本では武器の輸出は禁止されている。たとえ相手がアメリカであってもダメ!」と物言いがつき、あえなくお蔵入り。

幻の自動小銃として、コレクターの間で高値で取引されているとか。

※AR-18
AR-18

76: 名無しさん 01/11/25 21:54
>>65
なぜかIRAから押収された武器に混じってて騒ぎになったよね。

※IRA(Irish Republican Army):
アイルランド共和国軍。北アイルランドの英国からの分離独立を目指すカトリック系住民の反英武力闘争の中心となっている地下組織。1998年、カトリック系とプロテスタント系、英国政府との間で和平合意が成立、武装闘争放棄を表明。(wiki:アイルランド共和軍)

641: 名無しさん 02/01/06 00:49
>>65
あちらの新聞に「ジャパニ~ズアサルトライフル…」と賑わしたらしい。

650: 名無しさん 02/01/08 09:26
>>65
AR18じゃなくて、AR-180(米国に輸出したAR-18の民間用、フルオート無し)をIRAが購入しフルオート射撃出来るよう改造して(未亡人製造機として)使ってたと記憶してるが?

※豊和工業では、AR-18のセミオートマチック専用型である AR-180がライセンス生産され、アメリカ等の民間向けに海外輸出されていた。しかし、アメリカに輸出されたものがIRAのシンパにより北アイルランドに送られてテロ活動に使用されていた事が発覚し、日本の国会でも問題となったため、製造は打ち切られた。

北アイルランドで発見されたAR-180は、製造メーカー名や番号などの刻印が削られて出所を隠されたうえ、各国軍のアサルトライフルと同様にフルオート射撃が可能なように改造されたものだった。しかし、英国警察のX線撮影による鑑定作業で刻印が復元され、原産国が特定された。(wiki:AR-18)

651: 名無しさん 02/01/08 09:29
なんで未亡人製造機なの? Why?

653: 名無しさん 02/01/08 12:57
妻子持ちの兵士や警官または民間人を改造AR-180で射殺すれば、未亡人が出来るからでは?

655: 名無しさん 02/01/09 21:01
>>650 
セレクティブ・ファイアのAR18も製造していたようです。陸上自衛隊・習志野第1空挺団で、テストされたこともあり、第1空挺団の資料館には、桜の刻印入りAR18が展示されています。 

また、現在の89式小銃は、かなりAR18を参考にしたフシがあり、AR18をそのまま制式にしていたら、と、私は時々考えます。
69: 名無しさん 01/11/25 19:56
戦艦大和には各所に手軽な栄養補給のため、給水所ならぬ牛乳タンクがありました。

戦闘中は役に立ったことでしょうて。

93: 名無しさん 01/11/26 12:35
>>69
牛乳、腐らないの?

※缶詰牛乳というものがあったようです。

70: 名無しさん 01/11/25 20:05
潜水艦の最初期には、帆走潜水艦という訳のわかんないものが計画されたことがある。

71: 名無しさん 01/11/25 20:30
陸自の73式トラック(三菱パジェロ)は、現行バージョンは1996年式モデルがベースだが、予算獲得の都合上名称は「73式」のままになっている。

97: 名無しさん 01/11/26 18:07
>>71 
それは、排ガス規制の問題だという話を聞いたんですが、本当ですか?

※73式小型トラック:
JGSDF_0.5t_track

旧式化が目立ち、排ガス規制などにも適応できなくなりつつあったジープタイプに代わり、1996年からは2代目パジェロベースモデルの車両が採用され、「(新)73式小型トラック」となった。新型装備ではなく、あくまでも旧型車両の更新であるため、「73式」の呼称が引き継がれ、制式名称は「73式小型トラック」(平成13年度納入車から「1/2tトラック」に変更)となった。

乗車定員:6名
ボディタイプ:2ドアソフトトップ
エンジン:2.8L 直4 SOHC 4M40型インタークーラーターボディーゼル
駆動方式:スーパーセレクト4WD
最高出力:125PS
(wiki:73式小型トラック)



75: 名無しさん 01/11/25 21:20
それじゃ、今度は自衛隊&バイクネタ。

「陸上自衛隊偵察用オートバイ(初期型XL250)」がいつまでたっても廃車にされないおかげで、某タイヤメーカーはほとんど需要のない前輪用23インチタイヤを未だに生産終了にできないでいる。
 
でも、おかげで同型車種に乗っている民間のバイクヲタは助かっている。

※偵察用オートバイ:
XL250(1972年発売)→XLR250R→現在KLX250に更新。
640px-JGSDF(Kawasaki_KLX250)_
KLX250(wiki:偵察用オートバイ)

86: 名無しさん 01/11/26 00:12
同じくバイク&タイヤネタ。 

日本で戦後初めて生産されたスクーターは、ゼロ戦の車輪をそのまま流用していた。

88: 名無しさん 01/11/26 00:18
>>86
マジレスしとくけど、試作車のみ。

それとそいつの車輪は銀河だよ~ん。

547: 名無しさん 01/12/25 20:17
>>88 
銀河じゃなくて呑竜。

中島が富士重工になった。

※ラビットスクーター:
1945年の終戦により中島飛行機から改名した富士産業(現・SUBARU)が製造販売したスクーター。写真は1964年発売の量産モデルラビットツーリング150。
320px-Fuji_Touring_150_-_Side_View
第二次世界大戦後に爆撃機銀河の尾輪を流用装着したと言われているが、航空機用のタイヤは溝がないスリックタイヤであるため実際に流用されたのは太田(呑竜)工場製の試作2号車までで、その後の車両にはトレッドパターンが刻まれたタイヤが新たに装着された。

※キ49 一〇〇式重爆撃機「呑龍」(どんりゅう)
640px-Ki-49
ラビットの試作車に流用されたのは尾輪。

77: 名無しさん 01/11/25 22:00
二次大戦中、ヨーロッパ各国の美術品を集めまくったゲーリングだが、しっかり偽物をつかまされていた。

※ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング:
第一次世界大戦でエースパイロットとして名声を得、ヒトラーに惹かれてナチ党に入党、国会議員に当選し、ナチ党政権誕生後には、航空相、ドイツ空軍総司令官など要職を歴任し、ヒトラーの後継者に指名されるなど高い政治的地位を占めた。

美術品収集にあたって最大のターゲットにされたのはユダヤ人富裕層だった。ユダヤ人所有であれば「所有者なし」として美術品没収が盛んに行われた。ゲーリングが収集した美術品の中にはナチスが退廃芸術と批判していたシャガール、グロス、クレー、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン、ピカソの絵画もあったという。(wiki:ヘルマン・ゲーリング)

80: 名無しさん 01/11/25 22:36
スイスの大手銀行の殆どは、ユダヤ人から巻き上げたナチスの裏金をプールしていて、戦後は知らぬ存ぜぬで誤魔化そうとしていた。

82: 名無しさん 01/11/25 22:52
グリセンティの9ミリ弾は、一見9パラと同じサイズ、外観だが、実は25%装薬を減らした専用の弱装弾。うっかりグリセンティに9パラ装填すると大変危険なので注意。

※グリセンティM1910:
Glisenti_M1910
弾丸はオリジナルの9mmグリセンティを使用した。その頃普及し始めていた高初速の9mmパラベラム弾とサイズ的には同一であったが、間違えて装填すると銃の破損を招くことになった。(wiki:グリセンティM1910)

83: 名無しさん 01/11/25 23:21
第二次中東戦争で、イスラエル空軍の4機のP51が、エジプトの電話線を翼やプロペラでブチブチと切断した。

※1956年10月に発生した第二次中東戦争では、イスラエル空軍第116飛行隊所属のP-51Dは緒戦でエジプト領内の通信線を体当たりによって切断する作戦に従事し、この作戦では何機かのP-51が主翼やプロペラに損傷を受け失われた。また対空砲火での被害なども含めると、第116飛行隊のP-51は当初29機のうち約1/3にあたる9機が第二次中東戦争中に失われた。(wiki:第116飛行隊)

※P-51D(アメリカ空軍仕様)
640px-P-51-361

90: 名無しさん 01/11/26 00:24
捕獲した旧敵国軍艦を自軍に編入して使用する例は良くあるが、捕獲前の艦名を変更せずに使用した例は日本海軍に捕獲、編入された旧清国海軍戦艦「鎮遠(ちんえん)」くらいである。

91: 名無しさん 01/11/26 12:19
>>90
いや、日清戦争で「鎮遠」の他に捕獲した「済遠(
さいえん)」、「平遠(へいえん)」、「広丙(こうへい)」、「鎮東(ちんとう)」、「福龍(ふくりう)」、「操江(そうこう)」、水雷艇26号&28号」もそのままの名前で編入されている。

96: 90 01/11/26 14:22
>>91 
あう、中途半端な知識で申し訳ないです。

それにしても全部日清戦争時の艦ですね。他の例が思いつかないから、当時の日本の判断が例外的だったというのは変わらない・・・と言うことなのでしょうか?

98: 名無しさん 01/11/26 18:10
>>96 
単に艦名が漢字だったからではないだろうか?

103: 90 01/11/26 23:42
>>98 
ううむ、漢字だから問題ないと言うのもそれはそれで安直ですねぇ。 

確かに艦名としては日本艦としても違和感が無く見えますが・・・。

※調べたところ、日露戦争の日本海海戦で鹵獲したロシア帝国海軍の戦艦「インペラートル・ニコライ」は、日本海軍籍に編入し戦艦「壱岐」と改名。日露戦争中に鹵獲した他のロシアの艦もすべて改名して編入。

168: 名無しさん 01/12/02 14:54
明治45年に売却・解体された「鎮遠」の売却代金は、海軍兵学校大講堂の建築費用となった。

※海軍兵学校大講堂(現:海上自衛隊第1術科学校)
大講堂
1917年(大正5年)落成、総工費40万円(当時)。(海上自衛隊第1術科学校HPより)

87: 名無しさん 01/11/26 00:13
昔はオーストリアにも海軍があった。

※当時のオーストリア=ハンガリー帝国はアドリア海沿岸も含まれており、帝国が解体される1918年まで海軍が存在した。

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