【その4】
ツーリング
nanashiさんの旅の記録11~15日目 
青森県(西平内~能代琴丘~新庄~村山~新潟~滑川~福井河野)福井県
約850km走破。

125: nanashi 2000/10/14(土) 00:46
・11日目 (西平内~能代琴丘) その1 

昨晩は長いすから落ちたり通過列車がうるさかったりするが、風通しもよく虫の声もオルゴールみたいで大変よく眠れた。

青森で見るのは三内丸山遺跡。

ツーリングマップルで経路を確認する。そういえば今日は自分の誕生日だ。携帯にはメールが入っててうれしかった。しかし青森で誕生日を迎えようとは、昨年からは想像できなかっただ ろう。

青森中央郵便局でお金をおろし、三内丸山遺跡を目指す。が、めっちゃ道に迷った。近くにある運動公園を目的地に目指していったが、運転免許センターに出たり、自衛隊駐屯地に出たり迷子になりかけたが、なんとかたどり着けた。

8時45分頃ついタが、9時に開園とのこと。園の中に入ると9時からガイドさんによる案内があるらしく、申し込んでみるとすぐにガイドが始まった。

60歳くらいの男性が歩きながら解説してくれる。
最初は自分を含めて5人位だったが、どんどん増えて20人くらいになった。ガイド さんをつけて正解だったと思う。

遺跡は竪穴住居の復元されてたりするのはどうでもいいんだけど、特筆すべきは木柱跡や子供の甕棺墓などが空調完備のドームに覆われ、発掘時と同じ状態で保存されてることでしょう。見学しやすく、本物なので説得力もあり感心できた。

縄文時代にはないとされていた高床倉庫跡や、発掘時とほぼ同じ状態の甕棺墓が、自分の目で確かめられる!登呂遺跡とは大違いだなぁと思ってしまった。

もともと野球場を作る予定だったが、遺跡が見つかったので球場造りを取りやめて、遺跡として保存することになったらしい。青森県もなかなか見上げたものである。

奈良県も万葉ミュージアムとかいうくだらんもんなんかやめて、遺跡を保存すべきや!

遺跡の他にも資料館があり、こちらも充実していた。出土品も縄文土器や土偶がかなりの数あったり、体験コーナーで土器が作れたりと遊べる要素もある。

全体的にみて三内丸山遺跡は 評価できるものだと思う。はっきり言ってオススメです。こういう施設にしてはけっこう観光客も来てて、それも納得いく。

朝飯にここの売店のホタテラーメンを食べた。まあまあ かな。

今日の目的地はもう特にないので秋田を目指す。(続く)

129: nanashi 2000/10/21(土) 03:21
(西平内~能代琴丘) その2

ひたすらぶっ飛ばしたいとこだが、昨日が昨日だけに50km安全走行をする。最初はかなりもどかしかったけど、なれたらどうってことなかった。鯵ヶ崎から海が見える。

日本海だ。これからは日本海を右手に走るのだ。

R101もすっごいいい道です!日本海がずーっと続いて爽快爽快!海岸沿いも九州の千畳敷を思わせるような岩場があったり、変化に 富んでいて飽きさせない。この日もかなり暑かったので、風呂に入りたくなる。

マップルをみると、あの不老不死温泉があるじゃないか!早速いってみる。600円では入れる。噂 通り日本海が一望できる素晴らしい温泉だ!極楽極楽。

温泉はいるとホントに疲れが吹っ飛びます。旅が順調にいったのも、所々で温泉に入ったってのが大きいと思う。

とりあえず2日入ってなかったので、しっかりと体を洗う。あ~さっぱりした。

風呂から出てロビーで一息ついてると、甲子園の決勝戦やってた。もうこんな時期か…甲子園の決勝って言えば、もう夏休みも終わりって言うイメージがある。8月ももう21日だ。はやいなぁ~。

さて、再び50km安全運転で能代を目指す。

4時くらいには目的地の道の駅琴丘に到着。近くには八郎潟がある。中学生のときから日本地図を見てすごく不思議に思ってたところだ。でっかい島があるという印象があり、一度みてみたいと思ってたところだ。で、実際にいって見る事にする。

まず八郎潟を突き抜ける一直線の道にでる。これが10kmくらい続く。ひたすら直線の道が10km続くのである!こんな道今までみたことがない!

そして一歩みちから外れれば、これまたひたすら田んぼが広がる。壮観の一言。走るだけで気分爽快!

大潟村に役場や住宅などの村としての機能がすべて集約されており、ある意味理想の農村といった感じ。 まあ、農林水産省といろいろあるらしいが…

道の駅琴丘に戻ると、函館ナンバーのビーノが 停まってる。俺とおんなじように荷物を積んでる。スクーターでよくやるなぁと感心。

今日もテントを張って就寝。
 

・12日目 (能代琴丘~新庄) その1

6時頃起床。ビーノに声をかけよとしたがもういない。彼はもう出発したようだ。彼の目的地はどこだったのだろう。

チョットいったとこのサンクスで朝飯。ついでに新聞も買う。うーん、ロシアの潜水艦乗組員が絶望的(※)かぁ。秋田に入ってお金をおろす。郵便局のおばさんにはげまされる。

近くのガソスタに入ってオイル交換をする。兄ちゃんが話し掛けてきて「たいへんだなぁ」という。「オイルはバイク専用のがいいよ」と言うので他をあたる。

2kmほど先のガソスタで交換をしてもらうが、なんと1800円もした!いつも800円くらいで交換してるのでかなりびびる。「工賃込みです」。ちょっとボられた気分だ。

途中、「はまなすの湯」という温泉に入る。さっぱりさっぱり。で、酒田に入り山形盆地向けて最上川をのぼる。

「五月雨を 集めてはやし 最上川」

川くだりしてる船がとても涼しげだ。それとは対照的に、こっちはシャレにならんくらい暑かった!日本の最高気温の記録(※)を山形が持ってるのも納得なかんじだ。

途中のドライブインでざるそばを食う。エアコンがきいてなくて死にそうだったが、そばはうまかった。店で現地の人が話すのが聞こえてくるが、いよいよ何が何やらってくらいの方言だ。

昔、富岡製糸場に全国から工女が集められたが、彼女たちは方言の違いから意思疎通に困ったと言う。そんな話を思い出してしまった。

新庄から村山はあっという間だった。今日の目的地道の駅「村山」に到着。お金をおろしに市街地の郵便局に行くと、祭りをやってた。(つづく)

ロシア潜水艦事故:2000年8月12日バレンツ海でロシアの潜水艦が沈没した。 
日本の最高気温:現在は高知県四万十市で41.0度。2000年当時は山形の40.8度だった。 

147: 名無し 2000/11/22(水) 12:28
エンジンオイルとかはどうしてるのですか?

148: nanashi 2000/11/23(木) 03:57
>147
だいたい2千kmごとにガソスタで交換してもらいましたね。ふつうは900円くらいなのにねぇ…

(能代琴丘~新庄) その2

なかなか盛大な祭りだった。で、晩飯を食いに道の駅に戻る。400円でお皿に盛り放題と言うバイキング形式のレストランで、かなりお腹いっぱい。そこで面白い旅人に出会った。

50代位の人で、東北に避暑に来てるらしい。

何でも大阪のプログラミングの会社を脱サラしたらしく、家族がいるにもかかわらず一人、車で東北を回ってるそうな。「うまい桃を食べにここまできた」という。

昨日はどこに?と聞くと、「少年野球を見てたら1日経ってしまった」と。自分の旅行スタイルとは対極的だなぁと思った。

自分の場合、バイトとかがあるのでどうしても日程とかを気にしてしまうが、彼の場合はまさにヨーロッパ的バカンスのスタイルである。話していく内に話題は旅のことになっていく。海外旅行の話や青森のねぶたの話、日本 中を旅するキャンパーの話など。

特にキャンパーの話が印象に残った。

そのおじさんの知り合いで、夏は北海道の富良野で住み込みのバイトをし、秋になるにつれて南下をし、冬には石垣島にまで 行ってしまうという。そして暖かくなるにつれ北へ…

こんな生活で、トヨタのクラウンを買ってしまう人もいるという。おじさんは彼らみたいになりたいようだ。

自分もいいなと一瞬思ったが、ちょっと違うなと考え直した。

彼らにとって日常=旅である。

自分は違う。

旅=非日常であり、日常があってはじめて成り立つんじゃないかな、と思う。日常の息苦しさから、開放してくれるのが 旅ってもんじゃないかな。おじさんの話は旅に対する見方を考えさせてくれる、有意義なものだった。

9時に道の駅が閉まるのでおじさんは車に戻り、自分は寝床をさがさにゃならんのだが、どうもテントを張る場所がない。普通なら建物の裏やはずれの芝生の上に設営したりするのだが、実はこの道の駅は 狭かったりする。

結局、タイルの上にマットと寝袋を敷いて寝ることにする。

寝ながらもおじさんの話が気になる。少年野球見たり、村山に来た理由がうまい桃を食いたいだとか、これぐらいの余裕がなきゃいかんなと反省する。 


151: nanashi 2000/11/25(土) 04:04
・13日目 (村山~新潟)その1

道の駅でモーニングを済ます。昨日のおじさんが話し掛けてきた。これから蔵王のほうへ向かうと言う。またいつか会うこともあるかもしれない。

一期一会。

今日の行程は山寺に行き、できたら新潟まで行くって感じだ。とりあえず山形方面へ向かう。R13を南下し山寺への県道を通り川を少し遡ると山寺に到着。あたりは山に囲まれている。

その存在を2chではじめて知り、大して期待してなかったのだが、実際は今回の度で一番のところだったと思うほど素晴らしいものでした。

樹齢数百年はあろうかという杉が林立し、道がその合間を縫うようにして続いてゆく。


仏像や卒塔婆が道々にある。そろそろ奥の院かなと思い上のほうを仰ぐと、百丈岩と言う絶壁があり、思わず息を呑んでしまった。杉、岩、社殿の三位一体となって織りなす風景に、圧倒されっぱなしである。

風景に見とれながら前に進む。頂上のほうにつくとまず奥の院とは別の、納経堂の方に行くことにする。そして開山堂と言う展望台に入る。

すると、ふもとの集落やあたりを囲む山々外一望でき、ここでも圧倒される。うーむ絶景かな…写真をとりたかったのだが、ちょうどフィルムが切れていた。

で、奥の院近くの売店で買おうとするとちょうど百円足りず 、泣く泣くあきらめる。途中山寺の十訓のようなものがあり、「多いようで少ないのは教訓」など、あ~なるほどねと思わずうなずく。

ふもとに降り、フィルムが買えなかったかわりにポストカード集をかう。ここはマグさんの言う通り、ほんとにお勧めのとこでした。(続く)

155: nanshi 2000/12/05(火) 01:48
・13日目 (村山~新潟)その2

これから新潟に行くのだが峠越えのルートである。心して走らねば。

その前に風呂に入りたかったので赤湯温泉街によっていく。美人な若奥さんにどこの温泉がオススメか聞くと、松島館がいいという。すぐそこなので行ってみると、ものすごく高級そうなところである。

入浴料800円と高価だが、それも納得な感じの風呂でした。内風呂と露天風呂がそれぞれあり、どちらも太陽の光が入り込むつくりで、檜風呂であり極楽極楽。客は自分ひとりでサイコー でした。

そのあと普通の喫茶店で日替わりのチキンカツを食うが美味しかった。赤湯温泉はよいとこです。

で、いよいよ峠越えである。道を進むと徐々に山深くなってゆく。新宇津トンネルを越えればあとは下りだった。荒川を下りながら、いくつものトンネルをくぐってゆく。

周りの山には鉄塔や電線が一つもなく、素晴らしい深緑色に包まれている。途中山から細い滝が落ちているところがあり、走るのをやめしばし見入ってしまう。この峠越えのルートも、福島県道101や大潟村、日本海側のR101と並ぶ素晴らしいルートでした。

で村上市に入るとR7を避けR113を通る。R7はかなりトラックが激しいと聞いたからだ。が、R113もかなり激しかった。そーとートラックたちが飛ばしてたね。

かなりしんどかったので、仙台の時のようにカプセルホテルに泊まろうと考えてた。なんとか新潟について、駅の電話ボックスでカプセルホテルを探すが、ない!

仕方ないので 道の駅黒崎まで行くことにするが、このときはほんとにしんどかった。カプセルホテルに泊まるつもりだったので体は半分休んでたが、疲れた体に鞭打って無理やり走った。

地図で確認する限りかなり近いはずだが、道が入り組んでてなかなかつかない。一時間ぐらいでやっとつく。さすがにこのときが一番しんどかったなぁ。

幸いテントはれる場所もありよかった。晩飯は近くの中華料理屋で、スタミナをつける意味でニラレバ定食を食う。

生ビールも二杯飲み、HP回復って感じだ。疲れたときはビールやな!



158: Fatman 2000/12/07(木) 22:53
来年の夏、やるつもりです。とても参考になります!

何より、文章が読ませる読ませる・・・続き楽しみにしてますよ!

162: nanashi 2000/12/08(金) 02:37
>Fatmanさん
がんばってください。日本は広いですよ。

・14日目(新潟~滑川)その1

5時起床。朝日がテントにもろに差し込んでまぶしい。人の声がけっこう聞こえてくる。散歩のおじちゃんやおばちゃんだ。この道の駅「黒崎」は街中にある公園みたいなとこだからだ。結構恥ずかしいので早くテントを片付ける。

今日は天嶮・親不知越えがメインだ。2chによるとそーとー危険らしい。昨日の峠越え以上に気合が入る。

まず柏崎を目指すのだが、途中車からおじさんに声をかけられる。不思議なことに言葉がわかる。昨日の山形は訛りがひどかったのに。中部と東北の違いを体で実感できた感じだ。

柏崎への道は内陸と海沿いの2通りある。親不知の予行練習として海沿いの道を行く。昨日のR113みたいに激しい道かなぁと思ったけど,そうでもなかった。

日本海が見える穏やかな道だった。道沿いに絶壁がそそり立つところがあって,見所が多かった。ここもよい道です。柏崎にR8にのりかえ上越に入る。腹減り&眠たげなので途中ガストに入る。そーとー眠かったので,ドリンクバーでコーヒーを5杯くらい飲む。

上越と言えば,春日山城があったなぁ。出発前に城好きの友人が勧めてくれたっけ。標識に従っていくと山へ入っていく。すると登山口とあるとこがある。そこにあったパンフレットによるとこの道でもいけるらしいが、山頂に行くには遠周りだ。なので春日山神社までベンリィで行くことにする。

そっから登っていくのだがさすがに山城、かなりきつい!ぜーはー言いながら中腹まで来て,ふと振り返ってみると上越市が一望できる!ちょっと謙信になった気分。頂上の本丸跡まで行くと一層見晴らしがよくなった。

春日山城が天嶮
(てんけん:地形が険しいところ)を利用した城だったことが実際に分かりました。

糸魚川も通過し、いよいよ親不知だ!(つづく)

165: nanashi 2000/12/09(土) 02:49
・14日目(新潟~滑川)その2

断崖絶壁に縫うようにして道路がある。道はかなり歪曲している。おまけに大型のトラックが矢継ぎ早にベンリィを追い抜いていく。

恐えーなー親不知は、と思ってたら実はまだ親不知の手前だった。親不知ピアパークってとこで休憩して、ここからが親不知って事を知り気合入れる。

天嶮親不知は常に息の止まる思いで走った。なんせ常時、前方とバックミラーに注意せねばならないからだ。不意に横を見ると美しい日本海が広がっている。が、見とれたらアウトだ。

途中、親不知の銅像が建ってる展望台のようなところがあったので、寄ることにする。銅像は母と子ので、親不知の由来について記してある。

由来は二つある。

一つは、波打ち際を通るときには親は子を忘れ、子は親を顧みる間もなかったことから。

もう一つは、清盛の弟・平の頼盛の夫人が夫を追いかけてここを通る途中、愛児を海に落としてしまった。その悲しみのあまり詠んだ歌に「親不知」の文字が出てくると言う。

うーん、どちらにせよ切ないイメージやなぁ。

ここで対抗車線から来たカブに乗るおじいさんに「がんばれよ」 と励まされる。そして無事走破。今日は春日山城にも登った事もあり、汗びっしょりで風呂に入りたかった。親不知を過ぎたところに境温泉があり、そこでひとっぷろする。

境温泉は富山県で、新潟をいつのまにか通過してた。新潟は長かった。黒部のコインランドリーで洗濯をする。今日の目的地は道の駅「ウェーブパーク滑川」。

海沿いにあり、ホタルイカミュージアムなんてのもあった。かなりでっかいが、幹線道路から外れたところにあったせいか、あんま人はいなかった。しかも道路情報部が5時で 閉まっており、道の駅としてはイマイチかな。

でもここの食堂は最高です。白エビ天丼を食べたがばかウマ!しかも富山湾に沈む夕日をバックにするという最高のロケーション!夕日はメッチャきれいだしサイコーでした。

空き地にテントを張って寝ようとしたが、夜の海沿いってこともあり人が結構いて、気になってなかなか寝付けなかった…




171: nanashi 2000/12/13(水) 01:19
・15日目(滑川~福井河野)

昨日は人がいてよく寝れなかった。今日は石川をよくみようと思ったが、昔行ったことがあったので 特に見るものはナシとする。だから今日はひたすら走ることになりそうだ。

R8が富山を過ぎようと
するとき、山にさしかかった。クリカラ峠のようだ。木曽義仲が戦ったところだ。ここらへんだったのか。

金沢を通過。渋滞が激しい。城下町金沢はかなりいりくんでる。昼飯を金沢のアマエビでも、と思ったが 金がないのでファミレスで我慢。で、これからを考える。この調子だと福井までいってしまうので、永平寺か東尋坊に行くことにする。

永平寺っていうと何にもイメージがないので、東尋坊にする。マップル
の中部編を持ってなかったので、標識や途中の道の駅を頼りに何とか着くことができた。なかなかの絶景でしたが、この日はものすごく暑かった。歩いてるだけで汗が出てくる!

景色はきれいですが、遊覧船
の放送がうるさかった。乗って見たかったが金がない…東尋坊をあとにし越前海岸を走る。

ひなびた町、
その背後に立つ山、目前には海が広がる。三井の途中途中にそんな風景があり、風情があった。実家が兼業農家で自分には漁村という風景が珍しかった。のんびりしてました。

途中玉川温泉街で風呂に入ろう
とするが、入れそうなとこがなかったので、ちょっと先のケアハウスのようなところの温泉に入る。

今日の
目的地は道の駅「河野」。若狭湾を目の前にする造りであり、いい眺めだ。昨日の富山湾の日の入りに続き、今日は若狭湾の日の入りを拝むことができた。ものすごくきれいでした。ここで晩御飯を食べた。

寝床だが
ここは24時間開放されてるみたいで、他の人も椅子の上で寝てるので、自分もそうやって寝ました。