両親共働きで中・高と弁当経験はほぼ皆無。 

中2の3学期の遠足の日の朝。 

「今日は行きがけに何か買っていかなとな」(普段は売店で購入) と思って学校に逝く準備をしてると、見慣れないブツと書置きが。 

梅干、おかかの入ったおにぎりと簡単なおかず、というみんなに比べれば非常に質素なものでしたが、僕にとっては忘れる事のできない母の手作り弁当です。 

凄く嬉しかった。

280: もぐもぐ名無しさん 2001/02/24(土) 11:01
一度ホタテ貝の貝柱の天ぷらがはいってた。 
すごぉぉくおいしくて、おかぁさんって天才と母を褒め称えた。
その後1年くらい毎日お弁当に貝柱の天ぷらが入ってた。 

・・・そんなに嬉しかったのかぁ。(ほろり)

283: もぐもぐ名無しさん 2001/02/25(日) 02:17
いつも白身だけの卵焼きが入っていた。 
うちは卵かけご飯や納豆に使うのは黄身だけだったので処分に困って白身だけ卵焼きにしたらしい。

人が食べている黄色の卵焼きを見ると羨ましかったなぁ。

301: もぐもぐ名無しさん 2001/03/13(火) 00:58
「弁当のおかず」ではないですが「なんとかしてくれ」と思ったこと。
 
自分の地区は幼稚園のみ弁当(週2)で後は中学まで給食というものでした。
 
そして幼稚園からの「冬場、弁当暖めるからアルミのを購入されたし」 との通達に母は、3つ上の姉が使用していた弁当に描かれていた「め○るちゃん」に油性マジックで、ひげとオーバーオールを描き込み「スーパーマ○オ」に化かせ、自分に持たせました。
 
…うちの家計ではなんとかならんもんだったんでしょう…

302: もぐもぐ名無しさん 2001/03/17(土) 04:11
>>301 
オカン、ナイス(笑)。 

305: 名無し 2001/03/19(月) 07:53
高校の時、隣の同級生が隠しながら食べているので、いやがるのを無理にのぞき込んだら、白いご飯に生のちくわが長いまま2本入っていた。

309: もぐもぐ名無しさん 2001/03/23(金) 15:56
ごはんのかわりに焼きそばが入ってたことがあった。 
最初、我が目を疑ったが、おいしかった。

321: もぐもぐ名無しさん 2001/03/31(土) 15:49
うちの妹がうまれる時弁当はばぁちゃん作だった。
 
みそを乗せただけのごはん。
 
あれはどうしても食えなかった… 幼心にやっぱり母の弁当じゃないと駄目だと思った。

326: もぐもぐ名無しさん 2001/04/07(土) 06:52
うちの母親が作る弁当は一種類だけだったよ。毎回同じ。おかずの種類から位置まで同じ。だから毎日いろいろ変わるのちょっと羨ましい。
 
でも弁当ってそういうものだと思ってたよ、さっきまで・・・おにぎりの具も梅干ししか知らなかったようで、私が梅干し嫌いなもんだから、具無しのおにぎりだった。 

345: もぐもぐ名無しさん 2001/04/18(水) 15:46
お弁当(普通のご飯も)って大多数の作ってもらう側は、美味しかったり彩りがそれなりにきちんとしているのが当たり前で、何も言わず、ちょっとでも気に入らないところがあれば猛烈に抗議しちゃうんだよね。 

作ってもらっておいてメチャクチャなんだけど、 それでも作り続ける母はすごいとおもうよ。 

母さんの皆さん。いつもありがとうぅ。

350: もぐもぐ名無しさん 2001/04/20(金) 23:46
中学のとき 

母親が風邪をひいて弁当を作ってもらえなかった。
 
「パンでも買うか」と思っていたら、出かける間際に兄貴が紙袋を押し付けた。 
中身はパンにはさんだレタスとレトルトのハンバーグ。
 
母子家庭だったから、母親が倒れたら自分がって気持ちはわかるけどな。
そんなに気を使わなくていいよ。
 
部室で食べたけれど、せっかく作ってくれたのに塩味しかしなかったよ、兄さん。

351: もぐもぐ名無しさん 2001/04/21(土) 00:06
>350 
ごめん、ヘンにツボに入って泣きそうになった(個人的フラッシュバックもあったんだけど)。皆さんの食事が幸せでありますように。

358: もぐもぐ名無しさん 2001/04/26(木) 16:26
小学校のころの遠足の定番は、百科事典みたいな2段のり弁。肉なしっ魚なしっ野菜なしっ。 ひとり海を観ながらくっていたら友達がタマゴとタコウインナくれた。

365: もぐもぐ名無しさん 2001/04/29(日) 16:55
おれの友達に、御飯の間に佃煮みたいなのや味付け昆布とか挟まったのいれてきてる奴がいて、そいつが弁当食ってるの見るといつもいいなあって思う。

375: もぐもぐ名無しさん 2001/05/15(火) 02:40
うちの母は添加物を嫌っていたので、お弁当が茶系でとっても地味だった。人のお弁当の赤いソーセージがうらやましくて、一度おねだりして赤いソーセージでたこさんウィンナーにしてもらった。
 
まずかった。 

お母さん、ありがとう。
 
箸置 タコさんウィンナー (有田焼 京千窯 箸置き)
箸置 タコさんウィンナー (有田焼 京千窯 箸置き)

387: もぐもぐ名無しさん 2001/06/19(火) 23:50
ここに来たら、母が作るお弁当が無性に食べたくなった。もうこの世にいないから無理だけど。。。
 
よく手作りのスイートポテトを入れてくれてたや。とても美味しかったです。将来誰かと結婚して子供できたら、子供にも同じのをつくってあげたい。
 
しかし・・作り方わからん。。。。

393: もぐもぐ名無しさん 2001/06/21(木) 00:26
共働きで、更に不規則な仕事ゆえ忙しいはずなのに毎日弁当を作ってくれた母。
 
あの卵焼きの味は絶対忘れない…。 そしてどうしても同じ味にならない。 いなくなる前に教えてもらえばよかった。
 
もう絶対味わえない母の味を思い出して切なくなった。

394: もぐもぐ名無しさん 2001/06/21(木) 01:23
基本的に好き嫌いもあまりない私。高校3年間、作ってもらった弁当は文句を言わずに食べてた(筈)。
 
それもこれも気分屋な兄貴が弁当にケチ付けてた時、 母親がしゅんと哀しそうな顔してるのを見てたからだ。作ってもらったものはよっぽどでない限り「美味しい」と言って全部食べる。 あなた達から学んだことです。ありがとう、母、兄貴。
 
今のお弁当は自分で白米だけ詰めて持っていくので(おかずは買う)、 母親の弁当が本当に懐かしいです。
 
ワンパターンでも、作ってもらえるだけありがたい。

414: ピリリ 2001/06/24(日) 04:41
おれは高校時代の弁当タイムはいつも一人で食べてた。 友達はいるんだけど、他の奴らが昼になると連れて行っちゃって。 だから折れは自分の机でビクビクしながら食べてた。
 
周囲の視線が気になった。男子生徒の笑い声、女子生徒のヒソヒソ。自分の事で笑ってるのではないとわかっていても、気にせずにはいられなかった。
 
ふと、うつむくと母が毎朝早起きして作ってくれた弁当がある。

栄養、彩、好みなどを必死で工夫して作ってくれた母の弁当。 思わず母の声を思い出して泣きそうな気分になる。 だから、ここで母親の弁当にケチつけられるひとが逆にうらやましい。

415: もぐもぐ名無しさん 2001/06/24(日) 04:50
いいお母さんなんだな。 他の奴が何言おうが、大事にしろよ。

420: もぐもぐ名無しさん 2001/06/24(日) 08:06
うちは父子家庭でお店をしていたので遠足や部活のお弁当は祖母が作ってました。 (中学までは給食で高校は自分で作ってた) 

一度、友達が持ってくるおしゃれな感じの弁当が羨ましくなっておばあちゃんと新メニューを練習しました。(小学生の頃)
 
メニューはロールパンの卵サンド、ホットドッグ等。練習は素晴らしい出来で遠足当日もお昼が楽しみでした。 

そしてお昼・・・黄色いはずの卵サンドになぜか赤い色が・・・ 

そう、「腐ってはいけない」という親切心から全てのサンドウィッチの真ん中に梅干しが入ってました(涙) 

「秋だから大丈夫だよ、おばあちゃん・・・」と思いつつも感謝して食べました。 

ちなみに自分で作っていた高校時代はそうめん、冷やし中華、シリアル、色々なおかずの入ったおにぎり、 タコス、手作り肉まん、etc 何でも試しました。 家が漁師の子は豪勢だったなー。

422: もぐもぐ名無しさん 2001/06/24(日) 16:47
>>420 

ばあちゃんの愛が感じられてこちらまで幸せな気分・・・

423: もぐもぐ名無しさん 2001/06/25(月) 00:07
おふくろの弁当に文句言うな!! 今のうちに記憶しておけ、死んだらく王にも食えない(泣)

424: もぐもぐ名無しさん 2001/06/25(月) 09:06
ええ、俺も母親の弁当に文句言ったことあります。でも本当、はおかーさんの弁当大好きでした。
 
大学生になり、一人暮らしを始め、母親の弁当どころか手料理さえ食べる機会が年に数回になってしまった今、実感してる。 

毎朝弁当作ってくれた事、本当に感謝してます。ありがとう。(恥ずかしくて母親には言えない 笑)

470: 464 2001/07/08(日) 05:16
おにぎりもお母さんのが一番おいしいですよね。自分でも作るけど、なーんかしまりがないっていうか、物足りないんですよ。あれって熱々のうちににぎるのもコツなんですよね。やけどするくらいの。 

まだ同居して、元気だけど、この時間がいつまで続くかと思うと、いまのうちにケンカしてたくさんしゃべっとこうとおもいまふ。
 
ムカつくこと多いけどねマジで…。生きてるうちに色々しとこう。

485: もぐもぐ名無しさん 2001/07/20(金) 07:16
このスレ読んでたら、半年前に亡くなった母親のこと思い出してすごく泣けてきちゃった。あまり料理は上手くなかったけど、なんでもいいから母親の作ってくれたもの、また食べたいな。

486: もぐもぐ名無しさん 2001/07/20(金) 11:35
>>485 
激同意。 
ウチの母親も4ヶ月前に亡くなったんだけど、もう二度と母の手作り料理が食べられないかと思うとスゴク寂しい・・・

502: もぐもぐ名無しさん 2001/07/30(月) 02:52
母にお弁当を作ってもらったのは高校3年間だった。
 
友人には、学食でお昼を食べる子も多くてうらやましいと思っていた。 「お弁当いらないからお金ちょうだい 学食で食べるから」 っていう日もあった。 

ある日、仕事に行く前の母のお弁当を見た。おかずが卵焼きであとは白ごはんだけだった。

「おかずはこれだけ?」と聞くと「あんた達(姉妹3人)のは色々入れるけどお母さん自分のお弁当はどうでもいいもん」と答えた。何だかとてもせつなくなってしまった。私たちのために作ってくれてるんだなと感じた。
 

卒業して1人暮らしを始めて、自分でお弁当を作るようになった。めんどくさい・・・と感じることがよくある。 

たまに帰省したときも母は仕事に行く事が多い。私たちのお弁当を作らなくなった母のお弁当は相変わらずおかず一品だ。 今度は私が母にお弁当を作ってあげる番だと思った。

お母さん、喜んでくれるかな・・・

504: もぐもぐ名無しさん 2001/07/30(月) 15:00
>>502 
親孝行しなくちゃね。

508: もぐもぐ名無しさん 2001/07/31(火) 02:05
うちの母は盛りつけや彩りを考えていないから弁当の見た目が良くなかった。 
一番忘れられないおかずが、
 
生姜焼、里芋の煮物、マグロを醤油で煮たヤツ・・・おかずが茶色一色、全て醤油味でした。 

プチトマトが入っていたり、彩り鮮やかな友達の弁当がうらやましかった。

523: もぐもぐ名無しさん 2001/08/20(月) 06:29
幼稚園くらいの時に母が入院して、代わりに父が弁当を作ってくれたのだが、母が死ぬかもしれない、と思い込んでいた為 「そんなのいらない!」と弁当を投げて幼稚園を休んだ事があった。(結局ただの胃潰瘍だったかなにか) 

父よ、スマン。

529: もぐもぐ名無しさん 2001/08/24(金) 20:36
中学の時、部活で吹奏楽やってたんだけど、コンクール当日は、お弁当箱が2つ 用意してあって、一つは普通のご飯とおかず、 もう一つは私の好きなミカン、ぶどう、梨などのフルーツ盛り合わせ。.
 
おかずも好きなものばっかり入れてくれてたし、すごくおいしかった。

540: もぐもぐ名無しさん 01/09/09 01:01
両親とも働いていて大変そうだった。でも中学に上がった姉がお弁当に文句は言わなかったけど「あれいれて、こうして、」と注文を付けていた。
 
「お母さんも大変なのに、、お姉ちゃんたら、、」と思っていた。
 
姉といれ変わりに私も中学生になった。私が文句や注文を付けないのをいいことにホント悲惨な弁当だったよ、、 

白いご飯の隣に笹蒲鉾一切れとか、芋天とか。ちくわ天とか。おかずは一品一切れのみ。 注文も文句も付けない私がなんでこんな目に、、と切れて文句を言ったら

「作って貰えるだけありがたいと思え。」
とか言われてさ、、悲しかったよ。
 
みんなカラフルなお弁当でうらやましかったなぁ、、 恥ずかしくて隠しながら食べたり、ごまかそうとくだらないこと言って浮きまくってた。お弁当のことで意地悪いう子はいなかったのに、恥ずかしくてね、、。

グループで食べてたけど一人で食べるようになった。中学時代はそんな感じで過ぎて、高校からは自分で作ってた。

他にも理不尽な事たくさんあった。悲しかった。

541: もぐもぐ名無しさん 01/09/09 01:29
私の弁当のごはんは茶色かった(七分米) 
ぴかぴかの白米に憧れた 

>>540 
わかるなーそれ。かわいい弁当持ってくる子が羨ましかった。

550: もぐもぐ名無しさん 01/09/09 22:30
弁当に前日のトンカツ。かぴかぴ 
弁当に前日のエビフライ(揚げ過ぎの)。ぱさぱさ。 
弁当に前日のおでん。べちょべちょ。 
弁当に薄っぺらい卵焼き。しょっぱい。
 
黄色く変色しかけた残りもののご飯は中途半端な量で、弁当箱には中途半端に空白が。言い様のない惨めさに襲われながら箸でつかむと、固まったご飯が丸ごととれたあの日。
 
うまそうな弁当を広げる友人達のなか隠すように急いで食べた。

今思えばくだらんが ガキのときはやはり辛かった。あれ以来おいしそうな手作り弁当は俺の憧れだ

558: もぐもぐ名無しさん 01/09/11 00:57
今高校3年だけど、母は中学受験の塾時代3年+中学・高校時代6年の計9年毎日弁当を作ってくれてる。 高校生にもなると、コンビニでパン買ったりする子のが多いけど、うちは毎日弁当。
 
午前授業のときでもいつでも弁当を持ってくるので、友人からは「今日もお弁当なの?」とあきれられるほど。 

でももう今年で弁当も終わり。照れくさいけど、最後の日はお礼の手紙でも書こうかな。コンビニのパンも好きだけど、やっぱり弁当が一番好き。

562: もぐもぐ名無しさん 01/09/11 15:13
みんないいな・・・ 漏れがガキのときはおかんは心臓病でほぼ寝たきりだったからな 

毎日パン買うわけにもいかないから弁当は自分で作ってた 
白飯、梅干、焼鮭、卵焼、海苔、漬物 
男子校だからおすそ分けなど望むべくも無く・・・ 

運動会ん時が一番せつなかった、弁当が粗末なことがじゃなくて、おかんが「ごめんね、おべんとう作ってあげられなくて」て泣くのがさ。鬱じゃ

575: もぐもぐ名無しさん 01/09/13 23:10
ウチのお母さんのお弁当も茶色くて、小さい頃はフタで隠して食べてた。
 
でもある日、クラスの男の子がじぃ~っと私のお弁当を覗き込んで「ウマそう~♪」 って言ってくれて。帰ってからお母さんに言ったら、すごーく嬉しそうだった。「冷めてもおいしいように、ちゃんと味付けてるんだもんね!」って自慢げだったな。 

実はあんまり得意じゃなかったんだよね、お母さん。 

中学生になって、あんまり私が文句ばっかり言うもんだから、「そんなに言うなら自分で作りなさい!!」って、それっきりお弁当を作ってくれなくなっちゃった。以来ずーっと自分でアレコレ作るようになったおかげで、お料理は得意になったけどさ。
 
去年お母さんが逝ってしまったとき、子供の頃作ってくれたお弁当にいつも入ってた砂糖とお醤油の卵焼きが食べたくなった。 

一度も言わなかったけど、お母さんのお弁当、おいしかったよ。面と向かって言えなくてごめんね。

606: ごめんね 01/09/20 14:21
私は母が43歳の時に生まれた子。 

幼稚園の学芸会で、みんな青いセーターを着る事になってたけど私だけ緑のセーターだった(母がこれは青!と言い張った) ○ちゃんだけ違う~と言われて悲しかった。 

中学・高校の頃は母が作るお弁当も恥ずかしくてたまらなかった。 特に中学の時は、私のお弁当を毎日観察しにくる子がいたしね。 (その子は豪華なおかず。私は毎日茶色いオカズが1品)
 
中学の時、母が肺炎で入院したんだけど、時々病院を抜け出してきてシチューやら煮物やら作ってあったのを覚えている。 

早く大人になって楽をさせてあげようと思ってた。
そのうち、優しい言葉をかけてあげようと思ってた。 

でも、もういないからどうしようもないね。
 
恥ずかしい、って思ってごめんなさいごめんなさいごめんなさい

731: もぐもぐ名無しさん 02/01/15 19:05
弁当忘れると、親が届けてくれたが、授業中にいきなり教室にズカズカ入り込んでくる。忘れた自分がバカだったとものすごーく身にしみる。 

このスレ読んで、母親って無敵だなと思った。色んな意味で。

743: もぐもぐ名無しさん 02/02/03 20:56
家親居ないから、おかんじゃなくておばーちゃんなんだけど・・・持たせてくれたお弁当のおかずがいっつも茶色だったのね。
 
それがイヤで、一度泣いておかずも全部洋風の鮮やかなお弁当作ってっていったら、作ってくれたんだけど・・・ 

ケチャップと和えたご飯と、何故か玉子の黄身だけのゆで卵。キャベツの千切りと、直火で焼いたと思われる焼きウインナー。そしてデザートか?缶詰の桃。 

開けた瞬間笑っちゃったYO!でもせめてケチャップご飯は火を通して欲しかった。 

そんなおばーちゃんも去年他界・・・。 あのお弁当思い出して一人でも頑張って生きてくぞ。 

744: もぐもぐ名無しさん 02/02/03 23:02
>743 
洋風弁当がよくわからないなりに一生懸命作ってくれたんだね。いいおばあちゃんだなぁ。

755: もぐもぐ名無しさん 02/02/21 00:23
幼稚園のころ、内弁慶で人見知りが激しくて、人前で食事するのが苦手だった。
 
その上、お弁当を食べていると「家」の味を思い出して、家に帰りたくて泣きたくなった。だからお弁当はみかんの缶詰だけしか食べられなかった。
 
お母ちゃん、最初のころはいろいろと作ってくれていたのに、本当に申し訳なかったと思う。お母ちゃん、今でも、「幼稚園のころみかんしか食べなかった」って笑い話にしてるけど、料理が上手なお母ちゃん悲しかったんじゃあないかなって、これ読んで思って、今日、話してみた。 

「はやく砂場に行きたいからみかんしか食べないって、先生言ってたよ」って、やっぱり、本当の理由、20年以上知らなかった。 

きちんと、家が大好きだったから、家で家族とご飯たべたくなるから、みかんしか食べられなかったって、説明したら「そうっかあ」って笑ってた。小さいなりに恥ずかしくて言えなかったよ。

まるごと温州みかん
株式会社ふみこ農園


772: もぐもぐ名無しさん 02/03/06 23:01
小学生の頃、母が入院したので近所のお母さんが弁当を作ってくれた。

卵焼きを食べてびっくりした。甘かったから。
 
ちょっとしょっぱかったけど、ウチの醤油いれたやつのがおいしいと思った。

860: もぐもぐ名無しさん 02/04/21 14:00
おかーさんが作るおにぎりは、なぜかみんなまんまる。三角のおにぎりが食べたくて、おかーさんに文句言っても「まんまるにしか握れない!」とかいわれたなー。
 
自分でおにぎり作るようになって、意地でも三角に握ってるけど、おかーさんのまんまるのおにぎりのほうがおいしく感じる。なんでだろ?

867: もぐもぐ名無しさん 02/04/22 17:43
普段母が作ってくれるお弁当は、いわゆる味重視の「茶色い」弁当だったけれど、クリスマス近くにはナプキンとリボンを巻いたチキンが入っていたり、ひなまつりにはてっぺんに顔をかいたウズラの卵が爪楊枝で刺さってて、薄焼き卵の着物を着た可愛いお雛様と、同じく海苔を着たお内裏様の三角おにぎり2つ(余白におかずいっぱい)。 

イベントの日の給食の時間はいつも注目の的だった。 

そんな高校三年間、一番注目を浴びたお弁当は「日の丸弁当」。 弁当箱開けたら一面白いご飯で真ん中に小梅がポツン。
 
何が起こったのかと思ったら、その白飯の下にから揚げを薄切りにしたものや、卵焼きや味付け昆布などのおかずがぎっしり埋まってた。(笑) 

ああ・・・今は就職して毎日コンビ二食だけどまた母さんのお弁当食べたいな・・・。

875: もぐもぐ名無しさん 02/04/24 04:48
お母さんのお弁当といったら、前日の晩に出たてんぷらを味醂醤油と砂糖で甘辛く煮たものがおかず、って記憶しか浮かばないなぁ。
 
他にもあったハズなのに、何故かそれしか思い出せない…。でも微妙な甘辛さ加減が絶妙で、ごはんがパクパク進んだっけな。 

高校の頃は、学校を抜け出して近所の喫茶店でオムレツを食べたりするのが流行ってて、せっかくのお弁当を食べずにこっそり帰り道捨てたこともあった。「オレにも付き合いがあるんだよ」とか呟きながら…。 

「アンタは御飯粒ひとつ残さないで食べてくれるから、洗うのが楽だよ」 なんて笑ってたお母さんのコトを思い出すと胸が締めつけられるような気分になるよ。 

くそぉ、あの御飯に汁が染みた、茶色いお弁当喰いたいなぁ。あの、甘辛くて一口で御飯、くち一杯に頬張れる茶色い弁当が食べたくてしょうがないよ。 

せめて、「オレ、昔、母さんの弁当捨てたことがあった…ホント、ごめん」って謝っておけば良かった。ホントごめんな。あの格好ワルイお弁当、凄く美味しかった…。

947: もぐもぐ名無しさん 02/05/21 00:54
誰も書いてないけど書いて良いものだろうか? いいや、書いちまおう。 

この間お袋が一時退院してきた。膵臓ガンで、あと半年持つか持たないかって事らしい。本人には告知してない。多分、これが最後の帰宅になるかもしれないとの事。 

いつもは離れた街で独り暮らししていた俺は、お袋の一時帰宅に合わせて実家に戻っていた。でも月曜日の朝、仕事があるので朝早く車で出勤することにした。 

そしたら朝早いのに、お袋ちゃんと起きてて、おにぎりを握って持たせてくれた。そして、俺の車が見えなくなるまで見送ってくれた。多分、これがお袋の作る最後の弁当かと思い、泣きながら食べた。 

次の日、お袋は病院に帰っていった。奇跡でも何でも良いから、直って欲しい。

854: もぐもぐ名無しさん 02/04/21 07:14
色ばっかにこだわった弁当は、大してうまくない法則

582: もぐもぐ名無しさん 01/09/14 11:40
うんうん。食べてもらえるのは、母うれしい。 

それに、このスレでよく出てくる「茶色い弁当」って食べる側はそう思ってても、作る母はいろんな材料を使った意識があるせいで「色とりどり」な気がしてる(笑) 

案外、そんな目の付け所の違いってあるものよね。
 
【その1へ戻る】
引用元:http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/food/974053076/
 
幼稚園の頃のお弁当は毎日のり弁でした。おかずはお浸しとか、卵焼きとか、豆とか、煮物とか、たぶん前日夕飯で余ったであろうものを、わからないように味付けしなおしたりして。

白いごはんの上に鰹節と醤油かけて、焼いた薄くて丸いハムのせて、そのハムの上に細く切ったのりで絵を書いててくれました。ほとんどドラえもんの絵ばかりだったけど。ドラえもんが好きだったので、最初に作ってもらった時に気に入ってしまい、毎日この弁当がいいといったので毎日そののり弁。・・・あぁ、のり弁だと思ってたけど全然のり弁じゃないや、これはハム弁だ。

今思うとあれは、忙しい朝にいかに手抜き弁当を作るかという、母の作戦だったのかな?ドラえもんなら丸いハムの顔に、目と鼻とヒゲと口書くだけでそれっぽくできるもんね。きっとドラえもんぽい何かの顔だったのだけど、あの頃の私はドラえもんだと思い込んでいました。

お弁当の思い出、ありますか?