【その6】
Yamato_Trial_1941

188: 名無しさん 01/12/03 00:58
昔、ゴキブリ大全という本に書いてあったこと。 

17世紀のデンマーク海軍では、艦内のゴキブリ大量に捕獲すると、船長が倉庫を空けてワインを一本くれた。20世紀の日本海軍でも、艦内のゴキブリを1000匹(かなりうろ覚え) 捕獲すると、半日の陸への外出が貰えた。

190: 名無しさん 01/12/03 01:29
>>188 
ゴキブリは知らなかったが、日本海軍のネズミ上陸というのを読んだことがある。確か阿川弘之氏の著作でだが、ネズミを捕まえて持っていくと、上陸許可がでたとか。 

で、確認後「捨てろ」と言われたネズミを他の人がもらって使い回したとか、それを防ぐためにこっそりとひげを切ってから「捨てろ」と渡したとか、乗員と甲板士官の知恵くらべめいたものがあったとか。 

使い回しがばれて、「今度だけは見逃してやるが、次にやらかしたら上陸止めだぞ」と叱り飛ばされた人もいたそうな

191: 名無しさん 01/12/03 21:04
SS(親衛隊)大将ラインハルト・ハイドリヒの家族は、ハイドリヒ本人が戦時中に死んで戦犯に問われなかった為、西ドイツ政府から遺族年金を貰って暮らしていた。

208: 名無しさん 01/12/05 01:33
>>191 
ちなみにハイドリヒの奥さんが凄い性格で、戦後、「プラハのバーツラフ広場がチェコ人の頭蓋骨で舗装されるまで二度とあんな町へなんかいくものですか」が口癖だった。

※ラインハルト・ハイドリヒ:
国家保安本部(RSHA)の事実上の初代長官。ドイツの政治警察権力を一手に掌握し、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ親衛隊の実力者となった。戦時中にはベーメン・メーレン保護領(チェコ)の統治にあたっていたが、大英帝国政府およびチェコスロバキア亡命政府が送りこんだチェコ人部隊により暗殺された。(wiki:ラインハルト・ハイドリヒ)

192: 名無しさん 01/12/03 21:07
東條英機は左利きだった。

護身用の拳銃は9ミリコルトだった。しかも、特注ロングバレル6インチモデルだった。 

なにか、ガンマニア的には下品はカスタムな感じ・・・。

193: 名無しさん 01/12/04 01:49
ヴェルナー・メルダースは国民的英雄となった結果、戦死をおそれて司令官任務となり、戦闘機総監に任命されるも、1941年11月22日、空軍技術局長ウーデットの葬儀に出席するための帰国途中、搭乗機のHE111の事故であっけなく墜落死亡した。

※ヴェルナー・メルダース:
第二次世界大戦で活躍したドイツ空軍のエース・パイロット。1941年7月15日には101機撃墜と史上初の100機撃墜を果たし、全軍初の柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章を受章した。国民的英雄の戦死を恐れた上層部はメルダースを大佐に昇進させて戦闘機隊総監に任命した。

メルダースの乗ったハインケルHe111は1941年11月22日、悪天候のためドイツ東部のブレスラウ付近で墜落、事故死した。(wiki:ヴェルナー・メルダース)

194: 名無しさん 01/12/04 07:19
ソ連での話です。 

1942年、ソ連の重戦車隊に、北洋航路総局の寄付で購入した「KV-1
(重戦車)」21両が与えられました。その時、北洋航路総局が寄付した金額は2000万ルーブル。

1両200万ルーブルで、20両。あともう一両はテレビショッピングで言う「お得な事に、今ならさらにもう一つ、同じ物がついてきます!」なのか?

一説には1942年度のKV-1の値段は225万ルーブルだそうな…。

196: 名無しさん 01/12/04 21:39
タイ~ビルマ間の「泰緬(たいめん)鉄道」向けに、国鉄から供出されたC56型蒸気機関車。

供出に当たってレール幅を国鉄の1067ミリから1000ミリに改造、ついでに鉄道連隊の要望で、運転台の上に機銃が据えやすいよう、屋根のてっぺんを平たく改造した。 

戦後、そのうちの一両、C56・44号が日本に里帰りして大井川鉄道で今も走っているんだが、日本国内に残って、今も走っているJR西日本のC56・160号、オリジナルと比べるとわかる、

機銃据付用に改造された屋根は、鉄道連隊時代のまま。

※C56(オリジナル):運転台の屋根がドーム型。
640px-C56_139

※C56(泰緬鉄道仕様):運転台の屋根が平たい。泰緬鉄道仕様は戦後タイ国鉄で使用されていたので塗装が派手。
640px-738_C5647
(wiki:国鉄C56形蒸気機関車)

197: 名無しさん 01/12/04 21:45
ナイフを暖めると、食パンがキレイに切れるぞ。

198: 名無しさん 01/12/04 21:50
戦争中でも競馬はやっていた。

834: 名無しさん 02/01/26 19:08
>>198 
競馬のそもそもの目的は良い軍馬を選定するため。 

芦毛馬は目立つので軍馬に向かないとされ、日本ではあぼーんされていた。そのため芦毛の強い馬はずっとでなかった。

836: 名無しさん 02/01/26 21:50
>>834 
そういえば最近まで白馬は競馬馬として登録できなかったらしいけど、それが理由だったのかも。

838: 名無しさん 02/01/26 22:39
>>836 
白馬は基本的に体が虚弱なんで、競走馬として使用できなかったのが原因じゃなかったかな? 

ま、競走馬にもなれない馬、っちゅ~のも多いもんで……

206: 名無しさん 01/12/05 01:20
ミッドウェイ海戦時の日米の指揮官。 

南雲提督、フレッチャー提督、どちらも大将になった。 

ただし片方は死後昇進。

211: 名無しさん 01/12/05 12:39
>>206 
ちなみにフレッチャーのあだ名は「ブラックジャック」。

※南雲忠一:
中部太平洋方面艦隊司令長官としてサイパン島に着任していた南雲だが、サイパンの戦いでサイパン島守備軍は玉砕、1944年7月6日午後10時ごろ、司令部にて斎藤義次陸軍中将が中央に、南雲が右、井桁敬治陸軍少将が左に正座。日本の方角を向き、割腹と同時にそれぞれの専属副官に後頭部を撃たせた。

南雲の最期の言葉は副官の「よろしうございますか」という問いに「どうぞ」だった。享年57。一階級特進により、最終階級は海軍大将。(wiki:南雲忠一)

フランク・ジャック・フレッチャーは1973年4月25日、87歳で大往生。

207: 名無しさん 01/12/05 01:22
バトルオブブリテン中のイギリスでは、ゴルフコースに「空襲ルール」 があった。 

細かいことを忘れたのが残念だけれど、爆撃があった場合のプレイ中断方法、出来た穴の扱いや、吹っ飛んだボールはどうするか等々……。

おまえら、そんなにまでしてゴルフがやりたいのか?

※バトル・オブ・ブリテン:
第二次世界大戦におけるドイツ空軍とイギリス空軍の戦いのうちで、ドイツによるイギリス本土上陸作戦の前哨戦としてイギリスの制空権の獲得のために行われた一連の航空戦。(wiki:バトル・オブ・ブリテン)

イギリスに現在もある1891年創立の老舗ゴルフ場、リッチモンド・ゴルフ・クラブの「War rules」。

wartime rules

リッチモンド・ゴルフ・クラブ
 1940 臨時ルール

1・プレイヤーは、芝刈り機に損傷を与える爆弾と、爆弾の破片を回収するようお願いします。

2・プレー中の銃撃、または爆撃の際には、プレイヤーはペナルティなしでプレイを中止し、避難することができます。

3・遅延式の爆弾が落ちた位置は赤い旗でマークされていますが、そこからの安全距離は保証されていません。

4・フェアウェーまたはバンカーの爆弾の破片は、ボールからクラブの長さ以内であればペナルティなしに取り除くことができ、その際にボールが誤って動かされた場合にもペナルティは発生しません。

5・敵の攻撃よって動かされたり、紛失・破壊されてしまったボールは、ペナルティーなしで新しいボールに置き換えることができます。

6・爆撃の穴に落ちたボールは、ペナルティなしで爆撃の穴のホールより遠い側に置くことができます。

7・プレーヤーがショットすると同時に爆弾が爆発し、ショットが邪魔をされた場合、プレーヤーは同じ場所からショットが打てます。この場合、ペナルティ1打。

1940年の晩秋のある晩、コースにドイツ国防軍空軍の爆弾が落ち、当クラブは一時的なルールを採択しました。

ヒトラーの宣伝大臣であるヨーゼフ・ゲッベルスは、ウィリアム・ジョイス
(ドイツに帰化したイギリスのファシスト。ホーホー卿という通称で、ナチス・ドイツからイギリスに向けてプロパガンダ放送を行っていた)の放送のテーマとしてこのルールを使用し、次のような放送を行いました。

「これらのばかげたルールによって、イギリスの卑猥者たちは、人々に一種の偽りのヒロイズム植え付け、感動させようとしている。誰もが知っているように、そもそもドイツ空軍は重要な軍事目標の破壊のみ専念しているので、誰もが危険を伴わずにゴルフをプレーすることができる」

当クラブの洗濯小屋は、その後の爆撃で破壊されました。

(リッチモンド・ゴルフ・クラブHPより)

209: 名無しさん 01/12/05 01:36
ヒトラー自身は電撃戦という言葉を嫌っていて、ナンセンスな発想だと思っていた。

210: 名無しさん 01/12/05 01:48
98式将校用軍刀の拵(こしら)えには、桜が25輪も咲いている。

200: 名無しさん 01/12/04 22:17
硫黄島上陸作戦に参加した、アメリカ軍従軍カメラマンの体験談。 

弾が飛んでこず、カメラを構えられる窪地を必死に探して、やっと見つけて飛び込んだら、そこは日本軍が物資集積に使っていたところで、大量のアサヒビール発見! 

カメラバッグやポケットに詰め込めるだけ詰め込んで引き返し、戦闘中の海兵隊員に、「ビールでもどうだ?」「お前、アタマ大丈夫か?」「これ、これ…」 ニタリと笑った海兵隊員、伏せたまま歯で栓を抜いてラッパ飲み、ニッコリ、幸せ…で、戦闘に復帰、 

この調子でカメラマン、アサヒビールを振舞って回ったとか。

202: 名無しさん 01/12/04 22:31
ビールネタでもうひとつね。 

東西冷戦時代、日本から強制退去を食らったKGBのスパイ、日本ではタス通信の特派員を隠れ蓑にしていたんだが、強制退去のきっかけになった、日本側の接触された公務員の証言。
 
「一緒に料亭で食事をした時、盛んにトイレに立っていたが、あれは隠し持った録音機のテープを取り替えていたにちがいない」 

本人のソ連崩壊後の証言。

「録音機なんて持っていなかった、盛んにトイレに立ったのは、私が日本で最も愛するサッポロビールのせいだった」

201: 名無しさん 01/12/04 22:23
石原莞爾(いしわら かんじ)は下戸だった。ちなみに一族みんな下戸だそうです。

※石原莞爾(いしわら かんじ):
 関東軍作戦参謀として、柳条湖事件(りゅうじょうこじけん:満州事変の発端となる鉄道爆破事件)・満州事変を起こした首謀者。その後、満州国の誕生を指揮した。

203: 名無しさん 01/12/04 22:36
>>201 
安彦先生の「虹色のトロツキー」ではビールと日本酒飲んでたよw。

虹色のトロツキー [文庫版] 全巻セット(1-8巻 全巻)/安彦 良和/中央公論新社
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204: 名無しさん 01/12/04 22:39
>>203
「ジパング」では、何を飲むのかなあ?

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212: 名無しさん 01/12/05 13:09
>>203
将軍の実弟の六郎氏がかつて文春でコメントしていたのだよ。

214: 名無しさん 01/12/05 13:32
私には「将軍の実弟の六郎氏」ってのが良く分らん。

216: 名無しさん 01/12/05 19:43
>>214 
石原莞爾中将の弟の石原六郎氏が、中将の死後にあまりにもデタラメな評伝が多かったので、昭和41年の「文芸春分」と「人物往来」に、「石原一族は元来酒が弱く飲む者はひとりといない」と、手記を寄せている。 

他にもある、しょうもない石原莞爾ネタ。 
・石原は公務以外では常に国民服を着ていた。和服は一着しか持ってなかった。 
・石原は日蓮宗ではない。本人曰く、「日蓮上人を尊敬しているだけ」だった。

218: 名無しさん 01/12/06 00:52
>>216 
>石原は公務以外では常に国民服を着ていた。和服は一着しか持ってなかった。 

物質に対する執着がほとんどない人だったのです。陸大時代などは制服のみで過ごすことも多かったようです。さすがにドイツ留学時代、国際連盟代表団の時はスーツを着用しておられますが。
 
予備役編入以降の外出着は 
1.国民服、寒い時はコートを羽織る。 
2.袴をした和服+カンカン帽、これは主に夏。 

ジパングの莞爾タンはこれが多い。因みにジパングの参考資料は「永久平和の使徒 石原莞爾」と思われ。他の資料の写真は使ってないから。 

自宅でゆっくりされる時は、寝間着用の丹前
(たんぜん:厚く綿を入れた日本式の上着、どてら)か厚手の着物を着用されている。面白いのが国際連盟代表団で、なぜか中国服を着用している。



215: 名無しさん 01/12/05 18:45
台湾軍のM1ガーランド、人民解放軍のSKS、どちらも儀丈用(ぎじょう用:儀式に使うもの)のものは、機関部がクロームメッキ。

220: 名無しさん 01/12/06 04:07
>>215 
大概の国の儀杖小銃はそうなんじゃない?

244: 名無しさん 01/12/08 01:57
M1ガーランド銃手は、その余計な機能(クリップを押し込むと自動的にボルトが閉じる)により指を怪我してる人が多かった。

325: 名無しさん 01/12/12 00:55
M1ガーランド生産の最盛期には、ライフリングが二条のものも生産された。

※M1ガーランド:ライフリング4条右転









217: 名無しさん 01/12/05 20:22
米内光政の出身地、盛岡の先人記念館では、米内の肉声が聞けるコーナーがある。

※米内 光政(よない みつまさ):
第23代連合艦隊司令長官。第39~41、49~52代海軍大臣。第37代内閣総理大臣。

【その8へ】