【その10】
Yamato_Trial_1941

300: 名無しさん 01/12/10 21:58
非公式ながら、ガガーリン以前に宇宙飛行したウラジミール・イリューシンは、地球突入軌道ミスって共産中国に不時着して、後から飛んだガガーリンが初飛行扱いになったんだよ!

※ウラジミール・イリューシン:
イリューシンが、ガガーリンに先んじて人類初の宇宙飛行を1961年4月7日に実現したという噂がしばしば語られる。この説によれば、イリューシンの乗った帰還用カプセルは、地球を数軌道少なく周回して中国に不時着し、イリューシンは1年間中国に捕らわれの身になったというものである。

すでに高まっていた中ソ間の緊張と、初の宇宙飛行パイロットが外国政府に囚われになったという失態をごまかすために、ソ連政府はガガーリンを初の宇宙飛行士に仕立てあげたというものである。

しかし、この説に対する反論として、もしこの話が事実であるなら、中ソ対立によってすでにソ連と対立していた中国政府が、事実の隠蔽に関与する積極的な理由がないということが挙げられる。(wiki:ウラジミール・イリューシン

287: 名無しさん 01/12/10 00:43
少飛会の会員費が使いこみにあった。

※陸軍少年飛行兵(少飛会):
日本陸軍の航空兵科現役下士官となるため、10代の男子志願者から選抜されて陸軍の航空関係諸学校で教育を受ける者。この出身者が同期会、同窓会、慰霊祭などを行っているので、おそらく戦時中のことではないでしょう…。(wiki:陸軍少年飛行兵)

306: 名無しさん 01/12/10 23:28
五味川純平の小銃必中距離は200メートルらしい。

※五味川純平:
1943年召集を受け、満州東部国境各地を転々とした。1945年8月のソ連軍の満州侵攻時には、所属部隊はソ連軍部隊の攻撃を受けて全滅に近く、生存者は五味川以下数名だったという。1948年の引き揚げ後、自らの従軍体験を基にして1955年に発表した「人間の條件」が1,300万部を超える大ベストセラーとなり、一躍人気作家となる。(wiki:五味川純平)

人間の條件〈上〉 (岩波現代文庫)
五味川 純平
岩波書店
2005-01-18


285: 名無しさん 01/12/10 00:28
軍オタの聖地になり得た日吉の連合艦隊司令部地下壕は、地元ヤンキーがアンパンセッ○ス腹上死のトリプルコンボを決めたのことにより、ベトンで入り口塞がれた。
 
それまでは入り放題だったのに… (実はある民家の庭に最後の入り口があるけどね)。

※日吉の地下壕。複数あった出入口は塞がれ、現在出入りできるのは1か所のみ(とされている)。定例見学会は毎月2回行われている。
 

271: 名無しさん 01/12/09 14:59
海上自衛隊の掃海艦「桑栄」。 

昭和20年に竣工した、戦時標準船の油槽船だった。最初は「桑栄丸」として、海上保安庁航路啓開本部に所属し、昭和27年に海上警備隊発足に伴い移管。 

「何々丸」と名いう艦名のもので、海上保安庁から移管されたものは19隻あったが、昭和29年の海上自衛隊発足で「丸」を取って「桑栄」となる。艦名から「丸」を取った艦艇はこの「桑栄」のみ。
 
また、海上自衛隊艦艇で漢字の艦名を持つのは、この「桑栄」一隻で、以後漢字艦名の採用はない。

※桑栄丸(海上自衛隊「桑栄」時代):
MS_Souei
1944年12月10日進水、1948年11月15日海上保安庁所属、1952年11月1日保安庁警備隊(のちの海上自衛隊)編入。戦時急造船だったため、建造後18年経過すると船体、機関の老朽化が著しく、1963年3月31日、自衛艦籍から除籍。(wiki:桑栄丸)

272: 名無しさん 01/12/09 21:23
陸上自衛隊の「曹友会」には、機関紙「SO YOU」があるが、二大広告スポンサーは、水虫薬の薬品メーカーと結婚相談所。どちらも見開き広告で、切実なニーズがあるらしい。 

わかる・・・わかるぞ、同志よ(もらい泣き)。

274: 名無しさん 01/12/09 21:34
エーリッヒ・ハルトマンの父は医者。

※エーリヒ・ハルトマン:
第二次世界大戦時のドイツ空軍のエース・パイロット。空中戦での撃墜機数は戦史上最多。総出撃回数1405回、うち825回の戦闘機会において最終撃墜数352機、被撃墜16回。乗機メッサーシュミット Bf109Gの機首に黒いチューリップ風のマーキングをしていたため、ソ連空軍から「黒い悪魔」と恐れられた。(wiki:エーリヒ・ハルトマン)

311: 名無しさん 01/12/10 23:49
航空機または、船舶の航行灯の左右の見分け方。
 
「左翼はアカ」

航海灯 LED 第二種 右舷灯(緑) & 左舷灯(赤) 2個セット 小糸製作所 小型船舶検査対応
右舷灯(緑) & 左舷灯(赤) 2個セット 航海灯 LED 第二種 小糸製作所 小型船舶検査対応

313: 名無しさん 01/12/11 00:07
大和の後進全力は17.2ノット(公試実績)だ。

※約32km/h

314: 名無しさん 01/12/11 00:10
>>313 
ええ?後進でそんなに速力が出るの? 

全速力の半分くらいだと思ってたよ……。

315: 名無しさん 01/12/11 00:40
>>314 
ソースは「昭和造船史」だから、疑わしければ日本造船学会へお問い合わせを。
 
ちなみに後進全力時の軸出力は44,370馬力で、巡航最大速力21.54ノット発揮時の軸出力44,790馬力とほぼ同じね。

※wiki:大和によると出力153,553馬力、最大速力27.46ノット※約51km/h(公試成績)とのこと。

317: 名無しさん 01/12/11 12:34
石炭缶時代の軍艦では、機関員は「ガレー船のオールをシャベルに持ち替えただけ」とまで言われるほど過酷な仕事だった。

342: 名無しさん 01/12/12 18:43
>>317 
だから現在でも機関科員には若干の手当がつく。

318: 名無しさん 01/12/11 12:40
木の上に潜む日本の狙撃兵狩りを、米兵は「モンキーハント」 と称していたようです。

320: 名無しさん 01/12/11 21:02
2次大戦中に建造されたアメリカの潜水艦には、アイスクリーム製造機が備え付けられていた。

322: 名無しさん 01/12/11 23:56
>>320 
たしか全ての米軍艦艇に装備されていた筈。 

ちなみに日本の艦艇にはソーダ水製造器が。

※ラムネ製造機:
旧日本海軍の艦艇においては、消火設備として設置された炭酸ガス発生装置をラムネ製造器に転用し、乗組員の嗜好品として供給した。(wiki:ラムネ)

334: 名無しさん 01/12/12 17:19
>>320 
大和にもアイスクリーム製造室(製造器?)があったらしい。 

図面上のデータだけどね。しかもソースは忘れた。

343: 名無しさん 01/12/12 20:17
>>334
何年か前、関西でやってる「探偵ナイトスクープ」と云うTV番組に「私の家には爺さまが大切にしてた、戦艦大和の設計図が存在するのだけど、本物かどうか調査して欲しい」と云う依頼が来て、その依頼者と番組の探偵が、それが本物かどうか調べるという回がありました。

設計図の真贋を見極めてもらう為に、依頼者と探偵は呉に行き、海上自衛隊の人だか、今度出来る、海事博物館の準備委員だかにその設計図を見てもらう事になりました。 

で、その設計図を見る事となった、いかにも下っ端ぽい、若手の海上自衛隊の人だか、準備委員だかの人は、設計図を見る前「よく『本物の大和の設計図だ!見てくれ』って持ってくる人が居るんですよね」と、しぶしぶと言う感じだったのですが、設計図を一目見ると態度が一変。 

しばらくして、どこからともなく年季の入った海上自衛隊の人だか、準備委員の人だかが現れ、言葉もなく、その若手と食い入るように設計図を見始める始末。 

そんな重苦しい時間が数十分続き、海上自衛隊の人だか、準備委員の人だかが下した結果が「間違いなく本物」でした。 

で、この時の放送で設計図にあった「ソーダー水製造室」か、件の「アイスクリーム製造室」の部分がUPになった事を記憶してるんですが……。 

放送内容の細部の記憶はあやふやなんですが、設計図に「ソーダー水製造室」だか「アイスクリーム製造室」の部分(多分「ソーダー水製造室」)があったのは良く覚えてます。 

で、その設計図、海上自衛隊の人だか、準備委員の人だかが「海事博物館の目玉にしたいんで、ぜひとも譲ってくれ」と言ってたらしいが、その後どうなったかは不明。 

大和の設計図を目玉にしたい海事博物館は、この1週間前ほどに予算が下り、来年度から建設工事着工するんだそうな。 

そこに、大和の設計図はあるのかな?(w

350: 334 01/12/13 01:35
>>343
たぶんそれだ。

「アイスクリーム製造室」でしたよ。いつの時代も、老いも若きもみんなアイス大好き、と思って、少しほろりと来た記憶あり。

※大和の設計図は、2005年にオープンした呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)に展示してあるようです。

327: 名無しさん 01/12/12 01:14
伊号潜水艦でも通風機使ってアイスクリーム作ってたらしいぞ。 

原料は、乾燥卵、粉末乳、砂糖、あと何か。

328: 名無しさん 01/12/12 01:44
>>327 
バニラエッセンス

514: 名無しさん 01/12/24 17:29
アメリカ海軍は戦争初期、アイスクリームだけを作るゲタング艦を建造していた。

一時間に1万9千キロリットル製造できる。

※ゲダンク(アイスクリームの俗称):
第二次大戦中の1943年、米第3艦隊司令長官であったウィリアム・ハルゼー・ジュニアは、旗艦座乗時、ゲダンク・バー(艦内のアイスクリーム製造機)を利用する将兵の列に並んでいた際(階級に関係無く行列を作る暗黙の了解があった)、上官優先と言って割り込みをしようとした新人少尉二人を一喝して、元の場所に戻らせた。

洋上に不時着水したパイロットを救助し、所属の空母まで送り届けた護衛艦には、謝礼として空母からアイスが贈られたという。(wiki:ウィリアム・ハルゼー・ジュニア)

837: 名無しさん 02/01/26 22:16
大元帥陛下の乗馬は葦毛。

848: 名無しさん 02/01/27 12:42
猛将ハルゼーは戦争中「ミカドの白馬はおれが分捕って乗るんだから殺すな」 と言ったが、日本に進駐後ある米将軍の用意した白馬に、全米のファンから送られた鞍をつけ乗った。

877: 名無しさん 02/01/30 09:49
>>848 
>全米のファンから送られた鞍をつけ乗った。 

ミズーリの長官室はその鞍で埋め尽くされたという。 

※ミズーリ:
640px-Missouri_post_refit
1945年9月2日、日本の降伏文書調印式はミズーリで行われ、ハルゼーは会場責任者として出席した。

321: 名無しさん 01/12/11 21:21
日本最初の電気炊飯器は、潜水艦内でご飯を炊く為に開発された。 

海軍のではないみたいだけど、こんな画像があります。参考までに……。 
ttp://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/database/lists/files/category_3154_3337.html 
※ウェブアーカイブより

昭和45年、旧日本陸軍の建造物を解体している際に計100個の木製電気釜が出てきた。
k507111

※九七式炊事自動車:
電気炊飯器の原型としては、1930年代中後期に大日本帝国陸軍が開発・制式採用した自走式の炊事自動車であり、炊事用にガソリンエンジンを搭載、これにより発電し炊飯した。走行中であっても炊飯が妨げられたり失敗すること無く炊事作業を行うことができ、また酷寒地でも炊飯した米飯が凍結しない構造となっていた。(wiki:九七式炊事自動車)

324: 名無しさん 01/12/12 00:49
震電のプロペラは、脱出時にパイロットが切り刻まれんように、爆薬で吹っ飛ばせる構造になっていた。

※震電:
640px-A_prototype_of_J7W_Shinden
大戦末期に日本海軍が試作した局地戦闘機。前翼型の独特な機体形状を持つ、最高速度400ノット(約740km/h)以上の高速戦闘機の計画で、1945年6月に試作機が完成。(wiki:震電)

330: 名無しさん 01/12/12 08:54
震電は初飛行の離陸時に滑走路にプロペラが触れて曲がってしまった。 

348: 名無しさん 01/12/12 22:52
>>330
ん~ 「滑走路にプロペラが触れて曲がってしまった」のは初飛行の時ではなく、滑走試験の時です。プロペラが滑走路を打たないようにする為、側翼下面に「白菊」尾輪を補助輪として付けたんですよね。 

で、破損したプロペラの方は、二号機用のプロペラを至急取り寄せ、8月3日に初飛行を果たし、続いて6日に飛行。8日には空技廠の担当者の前で飛行しました。

この飛行により新たに見つかった問題点を解決し、17日に全力飛行をする予定でしたが、15日の敗戦により何者かにより破壊された、と云う話です。 

全力飛行で飛ぶとこ見たかったな……。

331: 名無しさん 01/12/12 15:10
>>330 
その記録フィルム。 

 


326: 名無しさん 01/12/12 00:56
山本五十六は、父親が56歳の時に産まれた子供だったので、この名前になったとか。 

親父、絶倫。

338: 名無しさん 01/12/12 18:19
アメリカ軍は日本の文化の情報をも収集していた。日本人の命名原則、一郎(ファースト)、二郎(セカンド)、三郎(サード))もその一つ。 

そんな情報部がアドミラル・イソロク・ヤマモトのイソロクが「56」を意味することを知った時、部内は一時騒然となったと聞く。 

「イソロク・ヤマモトは56番目の子なのか!?なんてグレートでパワフルな父親なんだ!!」

341: 名無しさんト 01/12/12 18:43
>>338 
ワラタ

345: 名無しさん 01/12/12 20:22
>>338
 父親より母親が大変!(w

346: 名無しさん 01/12/12 20:27
>>345 
いや、母親がいっぱいいるということもあるから(w。

347: 名無しさん 01/12/12 21:01
>>346 
55人の義姉!? 

逆シスタープリンセス!!

※山本 五十六(やまもと いそろく):
第26、27代連合艦隊司令長官。最終階級は元帥海軍大将。1943年(昭和18年)4月18日、前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死。59歳没。(wiki:山本 五十六)

339: 名無しさん 01/12/12 18:31
山本家の明治41年1月3日の夕飯の献立。
 
(皿)鮒煮染め 
(平皿)小鴨 
(汁)味噌汁(ネギ・コンニャク) 
(大皿)ハララ 
(小皿)玉子 
(ちょく)のっぺい 
(茶菓子)松風 

長岡の実家での帰征祝いの料理。

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