【その13】
Yamato_Trial_1941

463: 名無しさん 01/12/21 09:47
GHQが乗り込んできた時、武器は全部取り上げられるぞって噂がたったので、三種の神器のひとつ草薙の剣(熱田神宮のご神体ね)をあわてて山奥に隠した。

464: 名無しさん 01/12/21 09:54
当事最新鋭のヘリ護衛艦が完成した時、おおかたの予想を裏切って「しらね」と決まったのは金丸の仕業だった。

468: 名無しさん 01/12/21 13:58
5000円札の新渡戸稲造の写真は、娘の結婚式の時の写真(白ネクタイ)。 

1000円札の夏目漱石の写真は、明治天皇大喪の儀の時の写真(黒ネクタイ)。

469: 名無しさん 01/12/21 15:09
第一期特別幹部候補生金本元一上等兵の戦果。 

朴韓国大統領(当時)暗殺。

※金載圭(日本名:金本元一):
朝鮮戦争を経て韓国中央情報部(KCIA)第7代部長。1979年10月26日、酒席の場で朴正煕大統領ともう一人を射殺、1980年に死刑判決を受け、同年5月24日に絞首刑に処された。(wiki:金載圭)

471: 名無しさん 01/12/21 16:29
第一次大戦直前、日露戦争やボーア戦争(イギリス等が南アフリカの植民地化を争った、2回にわたる戦争)でカーキ色の軍服が登場したことを知ったフランスの陸軍大臣は、軍服を目立たない色にしようとした。 

だが、軍部が「わがおフランスの兵士はナポレオン時代のような明るい色がふさわしい、カーキ色の軍服を採用したら兵士の士気が落ちる」という無茶苦茶な理由で拒否した。
 

第一次大戦直後、フランス軍は青の上着に赤いズボンという派手な軍服のせいで、機関銃でバタバタなぎ払われた。 

その後、軍服は暗い水色になったが、カーキ色はやっぱり採用しなかった。

※フランス革命〜第一次世界大戦までの歩兵軍装の変遷を描いた図
32RI
(wiki:フランスの軍服)

472: 名無しさん 01/12/21 16:40
日露戦争時、カーキ色の軍服は満州の荒野で目立たず効果的だった。戦勝を記念し、また、常在戦場の気持ちを忘れるなということで、以後陸軍の軍服はカーキ色とされた。 

しかし太平洋戦争時、南方ではカーキ色の軍服は目立ちまくりだった。

476: 名無しさん 01/12/21 16:55
自衛隊の渡河ボートの櫓(ろ)は、職人の高齢化と後継者不足で、将来の調達が不安視されてるそうだ。 

また一つ匠の技が消えていこうとしている…。

483: 名無しさん 01/12/21 21:48
>>476 
そりゃ本当ですか?

484: 名無しさん 01/12/21 21:55
確かに櫓なんて他には屋形船くらいしか使ってないから、需要が少ないんだろうな。 

昔は櫓を漕ぐ工兵なんて絵になったんだが…。

488: 名無しさん 01/12/22 16:17
>>476 >>484 
櫓は音もでないし、エネルギーのロスもオールに比べて少ない。 

本当なら重大問題だな…。

482: 名無しさん 01/12/21 21:39
フランクリン・D・ルーズベルトは、愛人を個人秘書にし、その個人秘書に本来ファースト・レディが使う寝室を使わせていた。

※ルーシー・マーサ・ラザフォード:
元エノリア・ルーズベルト(ルーズベルトの妻)の個人秘書。1918年以前にフランクリン・ルーズベルトの愛人になる。フランクリン・ルーズベルトの急死時(1945年)も付き添っていて最期を看取った。

エレノアは夫の側近のハリー・ホプキンスやボディガードのアール・ミラーと不倫関係にあり、夫妻は共にお互いの不倫を知り、それを認め合い、更にそのことで「励ましあう」関係だった、という。(wiki:エノリア・ルーズベルト)

485: 名無しさん 01/12/21 22:00
戦艦武蔵の進水時には、一時的に長崎湾の潮位が6cm程上がったらしい。

※武蔵の進水:
長崎造船所からの進水時、周辺の海岸に予想外の高波が発生した。周辺河川では水位が一気に30センチ上昇したところもあり、船台対岸の浪の平地区の民家では床上浸水を生じ、畳を汚損したとの被害報告も確認されている。進水式は映像として記録されたが、終戦時に焼却された。(wiki:武蔵)

486: 名無しさん 01/12/21 22:11
霞ヶ浦航空隊の仕官寮は、茨城大学農学部の旧学生寮(危険学生収容所) としてそのまま使ってた。
 
旧研究棟は司令部を使っていたが、老朽化で取り壊すのに3億円ほど掛かったらしい。さすが対爆弾設計の建物である。

489: 名無しさん 01/12/22 17:00
20世紀のUボート艦長で、撃沈スコア一番のアーノルド・デ・ラ・ペリエールは、実は帰化フランス人。

494: 名無しさん 01/12/23 09:23
>>489 
曽祖父がフランス陸軍の高官。アーノルドは曾孫(=4世)。

※ロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール:
194隻、総トン数453,716トンの艦船を撃沈、現在に至るまで史上最高の戦果を挙げた潜水艦指揮官。1941年海軍中将に昇進し、黒海及びバルカン半島地域に於ける海軍部隊の統括組織として新設されるZ提督の長に任命されたが、同年2月24日パリ郊外にて、その任地へ向かう為に搭乗した飛行機の墜落事故により死亡した。(wiki:ロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール)

491: 名無しさん 01/12/23 04:16
HEAT(成形炸薬弾、対戦車榴弾:High-Explosive Anti-Tank)は雨が降っている時には使えない。

492: 名無しさん 01/12/23 05:24
>>491 
昔はな。今は使える。

495: 491 01/12/23 10:51
>>492 
そうなのか。進歩してるんだね…。

493: 名無しさん 01/12/23 07:19
トレンチコートのベルトは、銃のホルスターを挿すため。

※トレンチコート:
第一次世界大戦のイギリス軍で、寒冷な欧州での戦いに対応する防水型の軍用コートが求められたことから開発されたもの。トレンチは塹壕の意。

肩にはボタン留めのショルダーストラップが付き、水筒や双眼鏡、拳銃吊り紐などを吊ったり、ベルトを掛けたりすることができる。また、戦中に仲間が倒れた時には、このストラップを持って引っ張ることにも役立った。腰回りに備え付けられているD鐶は、手榴弾を吊り下げる用途の名残とされている。(wiki:トレンチコート)

496: 名無しさん 01/12/23 11:14
零戦の終戦時の残存機数は、約1100機。 

総生産機の1割。

506: 名無しさん 01/12/24 12:18
「ピラミッドと万里の長城と戦艦大和は世界の3大バカ建造物」 

この台詞はまだ生きている。

507: 名無しさん 01/12/24 12:27
>>506 
ピラミッドとそれをつくった古代エジプト人に失礼だ!

508: 名無しさん 01/12/24 12:50
ピラミッドは失業対策、万里の長城は蒙古軍を防いだ。 

大和は、真珠湾攻撃さえしなければ有効に機能したでしょう。

510: 名無しさん 01/12/24 14:24
>>508 
真珠湾があっても無くても無駄には違いなかったでしょう。なんせ建造中から「建造費の無駄遣い」という声が、他ならぬ海軍内部にあったぐらいですから。

513: 名無しさん 01/12/24 17:27
WW2時の高空を飛行するパイロット達は、オナラを少なくするために食べ物には気をつけていた。 

オナラがたまると気力や体力が奪われ、死活問題であった。

515: 名無しさん 01/12/24 17:31
1943年、イギリス軍の特殊部隊がポルトガル領ゴアの港に忍び込み、ドイツ貨物船を破壊した。このドイツ貨物船は強力な無線を使って、インド洋での英商船の動きを近くのドイツ潜水艦に知らせていた。 

しかしこの作戦は外交上の理由から、事実はなかったことになっている。

※カルカッタ騎兵隊:
ポルトガルは中立国であるため、カルカッタ軽騎兵にドイツ商船攻撃に関する特殊作戦が実施された。1943年3月には最初の11日間だけでインド洋を航行する12隻の連合軍商船がUボートに撃沈されていた。しかしカルカッタ軽騎兵による襲撃が行われた後はUボートの活動が激減し、同月にはわずか1隻が撃沈されたのみであったという。(wiki:Calcutta Light Horse)

516: 名無しさん 01/12/24 18:35
アドルフヒトラーは、WW1戦場で徒歩での歩兵部隊の伝令役を務め、第1級と第2級の鉄十字章をはじめ幾つかの勲章を得る。一時はウインストンチャーチルが指揮する大隊と直に向かい合う塹壕にこもっていた。 

そのチャーチルは、ガリポリの惨敗の後の海軍大臣を追われた後であった。

※ガリポリの戦い:
第一次世界大戦中、連合軍が同盟国側のオスマン帝国の首都イスタンブール占領を目指し、ガリポリ半島(現・トルコ領ゲリボル半島)に対して行った上陸作戦。結果オスマン帝国軍の勝利。イギリスの海軍大臣ウィンストン・チャーチルは作戦の立案者であったため失脚した。(wiki:ガリポリの戦い)

517: 名無しさん 01/12/24 21:52
第2次大戦時中、日本では飛行機の木造部分の接着に、鯨の血を使ってたらしい……。 

戦時中に捕鯨をやってた人が、捕鯨船の上で聞いた話なんで、ヨタの可能性も高い…。

518: 名無しさん 01/12/24 22:07
イギリス海軍のヴァリアント級攻撃型原潜「コンカラー」が、フォークランド紛争でアルゼンチン海軍の巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」を撃沈する時に使った魚雷は、無誘導式の魚雷だった。

523: 名無しさん 01/12/25 01:14
>>518 
確か第二次大戦で使っていたモノと同じだったはず。
 
条約型巡洋艦
(1922年のワシントン海軍軍縮条約で定義された艦種)の最後としてはいっそふさわしいかも。

※ヘネラル・ベルグラノ:
1938年3月13日、USSフェニックスとして進水し、1951年10月にアルゼンチン海軍がアメリカ海軍から購入。進水から44年後の1982年5月2日戦没。既に旧式化していたが、フォークランド紛争に派遣された。(wiki:ヘネラル・ベルグラノ)

521: 名無しさん 01/12/24 23:02
>>518
この戦いが、史上最も南で行われた海戦だとか。 

519: 名無しさん 01/12/24 22:29
>>518 
確かそれが原潜が戦闘で軍艦を沈めた現在唯一の例だよね?

520: 名無しさん 01/12/24 22:36
>>519 
そうでしょう。 

527: 名無しさん 01/12/25 09:44
>>518 
確か原潜の艦長が「対潜警戒のタの字も無いアルゼンチン海軍」に呆れ果てて、誘導魚雷がもったいないと判断したんでしたっけ? 

533: 名無しさん 01/12/25 13:13
>>527 
タイガーキャットは1967年の試射の時に180度戻ってきて、危うく自船を撃沈するところであった。

また当時のお金で1億5千万であり、コスト、信頼性から考えて艦長はマーク8を使ったと思われる。

535: 名無しさん 01/12/25 13:39
>>533 
それをいうならタイガーフィッシュである。

537: 533 01/12/25 13:42
そうだ!あのコメントじゃキャット空中大回転ニャパラリーンだな。 

542: 名無しさん 01/12/25 16:06
>>533 
私の知る話では、誘導魚雷の炸薬が従来型魚雷の約1/3であったため、威力不足が懸念されたから。

なお、別の発射管には外した場合の保険と、同行駆逐艦の攻撃に備え誘導魚雷も装填済みであったが、結局使わなかった。アルゼンチン側も潜水艦の事など頭になかったのか呑気に直進していた為、訓練より簡単だったとか。
 
その上ヘネラル・ベルグラーノが沈んでも同行の駆逐艦はそれに気付かず行ってしまったため、乗員の救助が遅れたとの事… 

…何で僚艦が沈められても気付かないんだ?

545: 名無しさん  01/12/25 19:02
>>542 
さすがラテンだ(w
 
やはりラテンに戦争を任せてはいけないな。

548: 名無しさん  01/12/25 20:20
>>542
元々、ア艦隊はイギリスが宣言した禁止水域におらなかったらしいよ。イギリスの指定した禁止水域はかなり曖昧だったらしいし、撃沈してからイギリス議会でも問題にあがっている。
 
決着は問題なしでしたが…。

※コンカラー:
1982年のフォークランド紛争において原子力潜水艦コンカラーがアルゼンチン海軍の巡洋艦ヘネラル・ベルグラノを撃沈した際、コンカラーは、音響誘導式重魚雷タイガーフィッシュを搭載していたにもかかわらず、50年物の旧式だが信頼のおけるMk8魚雷を使用した。

3発のうち2発がヘネラル・ベルグラノに命中し、1発目は艦首を吹き飛ばした。2発目は左舷後方の機関室で爆発して多数の死者を出した。乗員321名と乗艦していた民間人2名が死亡し、772名がアルゼンチン海軍と近隣を航行していたチリ海軍の船艇によって救助された。

海軍の象徴的存在であったヘネラル・ベルグラノの沈没により、アルゼンチン海軍の士気は急激に低下したと伝えられる。(wiki:コンカラー)

522: 名無しさん 01/12/25 01:04
オランダは陸地が海抜マイナスmっていう変な土地。 

オランダ方面のドイツ軍が攻勢を掛けた時にかぎって洪水が発生し、頓挫してしまう…そんなこんなな状態が3年ほど続いたある日、なにげなしに海岸近くを見ていたドイツ兵。

「あ~あいつら風車とめて水流し込んでやがる~!」 

なんで気が付かないかなぁ?

524: 名無しさん 01/12/25 01:50
>>522 
うーん。ドイツ人はぬかりないというイメージが強いんだけどなあ。

そんな一面もあるのね。

525: 名無しさん 01/12/25 01:53
>>524 
>ドイツ人はぬかりない 

まあ、次の戦争の指導者に選んだのがあの人というくらいですから(w。

526: 名無しさん 01/12/25 02:02
>>525 
ナルホド。一見抜かりの無い選択のように見えて、実は一番大事なところが抜けてる…と。

527: 名無しさん 01/12/25 09:44
>>526 
天才や秀才が凡ミスをしたりするのに萌え…ああっ何をする(憲兵隊に連行)ZAPZAPZAP…。

534: 名無しさん 01/12/25 13:33
ナチスドイツ空軍では、教官に任命されるのはもっとも腕の劣るパイロットだった。

540: 名無しさん 01/12/25 15:19
ドイツ軍がパリに入城する直前に、フランス軍は敵に利用されないよう街の各種施設を破壊した訳ですが、さすがにエッフェル塔を爆破することはできず、エレベータだけを 使用不能にして撤退したそうです。 

占領したドイツの技術者は何とか復旧させようと、電気配線や機械装置を徹底的に修理したけれども故障は直らず、とうとう占領期間中にエレベータを動かすことができなかったそうです。

休暇でパリに来たドイツの兵隊は、展望台までヒーコラと階段を上ったそうで、あのヒトラーでさえも自分の足で展望台まで上ったとのことです。 

そして1944年にパリが解放された時に、戦前にエッフェル塔の管理をしていたという老人がやってきて、数カ所のボルトを締め直したところ、たったそれだけで再び エレベータが動き出したのだそうです。 

いかにもフランス人が作る機械のいい加減さと、それに生真面目に取り組みすぎてドツボにはまるドイツ人という図式が浮かんでくるとは思いませんか?

536: 名無しさん 01/12/25 13:40
夏時間は、第一次大戦時に軍需工場の操業時間を延ばす目的で使われたのが始まり…ってもしかして常識?

※夏時間:
日本において夏時間は、太平洋戦争敗北後の連合国軍占領期にGHQ指導下で公的に導入され、1948年(昭和23年)4月28日に公布された夏時刻法に基づき、同年5月2日の午前0時から9月11日にかけて初めて実施された]。

以後、毎年5月(ただし1949年のみ4月)第1土曜日24時( 日曜日0時)から9月第2土曜日25時(=日曜日0時)までの間に夏時間が実施されることとなったが、残業増加や寝不足を引き起こすなどとして不評を呼び、夏時刻法は1952年(昭和27年)4月11日に廃止された。

なお、当時の人々やマスコミはサマータイムではなくサンマータイムと呼んだ。(wiki:夏時間)

539: 名無しさん 01/12/25 15:08
世界一短い艦名の軍艦は日本の「大井」(oi)。
 
樺はなんか嫌な名だ(昔は横書きは右から書いていたわけだから)。

544: 名無しさん 01/12/25 18:40
>>539 
海防艦の「硫黄」(io)も同じ。

563: 名無しさん 01/12/26 21:48
>>544 
「伊王」でしょ? 

ちなみに古いジェーン年鑑を見ると、護衛艦「おおい」は Ooi と書かれてた。

564: 名無しさん 01/12/26 21:59
>>563 
軽巡の方の大井も同じです。 

それから短いと言えば駆逐艦「葵」(Aoi)も同じですな。

565: 名無しさん 01/12/26 23:44
どちらにせよ、あ行の文字のみで記された艦名は短いと。 

541: 名無しさん 01/12/25 15:49
アメリカに送られた久我山の15センチ高射砲はその後どうなりましたか? 

この手の戦後どうなったのモノって結構ありますが。

※五式十五糎高射砲(ごしきじゅうごせんちこうしゃほう):
五式15cm高射砲

太平洋戦争(大東亜戦争)中に大日本帝国陸軍が使用した高射砲。ドイツ・テレフンケン社の対空射撃用測距装置ウルツブルグ・レーダーと連動して高高度で本土に侵入するB-29爆撃機撃墜を目的とした。

久我山高射砲陣地に実戦配備され、発砲の衝撃は半径600メートル以内の住宅に振動を与えた。これにはアメリカ軍も驚き久我山一帯を飛行禁止としたという。

戦後、2門の内1門はアメリカ軍の調査団によって接収された。しかし、空母の甲板に他の押収兵器とともに搭載して帰投途中、嵐に遭って搭載物を流してしまったという説もある。残り1門は切断して、スクラップとされた。

砲身重量:9.2トン
砲身長:9メートル (60.35口径) 
最大射程:26,000メートル
最大射高:19,000メートル
発射速度:約6秒/発
(wiki:五式十五糎高射砲)

546: 名無しさん 01/12/25 20:14
アクロバットを含む飛行をすると、1回のフライトで500~600個の脳細胞が破壊されてしまうんだそうな……。