【その6】
Yamato_Trial_1941

240: 名無しさん 02/04/22 05:53
イ-400の搭載機は南山だったが、難産につながるからって晴嵐に改名された。

※晴嵐(せいらん):
M6A1
伊四百型潜水艦を母艦として、浮上した潜水艦からカタパルトで射出され、戦略的な目的での攻撃に使用されるために計画された特殊攻撃機。最大速度時速474km・フロート投棄時560km、低翼単葉双浮舟、複座、兵装は13mm旋回機銃1と250kg爆弾1。

※南山:
M6A1-K-12
試製晴嵐を陸上機化した機体も製造され、これを「試製晴嵐改」または「南山」 という名称で呼んでいた。

※伊四百型潜水艦:
640px-I400_2
3機の特殊攻撃機「晴嵐」が搭載可能であり、潜水空母とも呼ばれる。全長122m、全幅120m、兵装として軽巡洋艦なみの14cm主砲を後部甲板に装備していた。

大戦末期、伊四百と伊四百一搭載の「晴嵐」全6機は800kg爆弾が装備され、部隊は「神龍特別攻撃隊」と命名された。出撃前の壮行会で第六艦隊司令長官醍醐忠重中将は、飛行機搭乗員に短刀を贈っている。この短刀は特別攻撃隊を意味していた。

また晴嵐には戦時国際法違反を承知で米軍の星マークがつけられ、米軍機と同じ銀色に塗装されていた。伊四百搭載晴嵐1号機の高橋は「誰の入れ知恵だかわからなかったが、卑怯で情けない」と評している

1945年7月20日、伊四百と伊四百一は舞鶴を出港し、8月17日を攻撃予定日として航海を続けた。伊四百一(有泉司令)はマーシャル諸島東を通過する迂回コースをとった。 8月14日、伊四百は伊四百一との合流地点に到達したが発見できず、8月15日も待機した。

一方の伊四百一も僚艦を発見できず、会合地点で待機、8月15日を過ごした。このすれ違いは、有泉司令(伊四百一)が発信した会合地点変更の電信を伊四百が受信せず、伊四百は作戦計画どおりの会合地点に先行していたからであった。 

この時点で「神龍特別攻撃隊」は終戦を迎えた。8月16日、第六艦隊司令長官および海上総隊司令長官から作戦中止命令が出る。

「晴嵐」が特攻に出撃することはなかった。晴嵐は、エンジン始動状態、翼を折りたたんだまま無人で射出され、洋上廃棄された。伊四百では、3機をわずか10分で組み立てたという。その際に搭乗員のたっての希望により、星マークが塗りつぶされ日の丸が塗装されたとされる。

伊四百一では、8月26日に晴嵐・弾薬・秘密書類等を投棄した。有泉司令は艦内で自決した。(wiki:晴嵐)



240: 名無しさん 02/04/22 05:53
旧海軍の潜水艦では3の倍数は不吉だった。 

※大日本帝国海軍の潜水艦乗りには「3」またはその倍数などが不吉な数字として嫌われていたという。にはとかく「3」という数字がついてまわったので、戦時中に悪い噂が流れていたといわれる。伊号第三十三潜水艦の「3」にまつわるエピソードには以下のようなものがある。
 
・艦名がそもそも伊「33」。
・建造したのは「三」菱。
・修理中の事故で「33」mの海底に着底、「33」名が死亡。
・伊予灘での事故で漁船に救助されたのは「3」名。
・日立造船で解体中、「3」名がガス中毒で死亡。

(wiki:伊号第三十三潜水艦)

244: 名無しさん 02/04/24 18:37
辻政信は妻にビンタしようとして投げ飛ばされた。

で、笑って「一本とられたなあ」と。

※辻政信:
ノモンハン事件、太平洋戦争中のマレー作戦、ポートモレスビー作戦、ガダルカナル島の戦いなどを参謀として指導し、軍事作戦指導では「作戦の神様」と讃えられた。

その一方で、指揮系統を無視した現場での独善的な指導、部下への責任押し付け、自決の強要、戦後の戦犯追及からの逃亡などについて批判がある。戦後には、GHQから「第三次世界大戦さえ起こしかねない男」と危険視された。

敗戦後は数年間を国内外で潜伏したのち戦記を出版し、ベストセラーとなった。政治家に転身し衆議院議員、参議院議員を歴任した。参議院議員在任中の1961年(昭和36年)4月に視察先のラオスで行方不明となった。一説には中国共産党に捕らえられて処刑されたとも言われているが、詳細は不明。1968年(昭和43年)7月20日に死亡宣告がなされた。(wiki:辻政信)

ノモンハン秘史 新書版
辻 政信
毎日ワンズ
2016-12-02


245: 名無しさん 02/04/26 07:48
ゼップ・デードリッヒは、軍事記号を逆さから読めなかった。 

なもんで、地図の上部(地図の北側に居る人には、軍事記号は「逆さま」に見える)北端の軍事記号を見る為に、デードリッヒは地図南端からジャンプして地図の上で腹ばいになり、何が書いてあるか確認していた。 

その結果、地図に書き込まれた部隊に多大な損害を与えていた、とか…….

248: 名無しさん 02/04/27 16:04
>>245 
それは恐らく「失読症」という脳の症例です(決して病気ではありません)。

252: 名無しさん 02/04/27 19:13
>>245 
それが、セップ親爺が作戦中興奮して、本部の卓の上の地図に飛び上がり指揮したという「蛮人伝説」に変化したのでしょうな。

256: 名無しさん 02/04/27 20:03
>>252 
パパ・セップが >>248 氏の言われるように失読症だったら、地図の上にあがって指示を出す方が(見た目はともかく、本人的には)何かと合理的ではないかと…。
 
案外「蛮人伝説」は事実かもしれませんよ。

※ヨーゼフ・ディートリヒ:
高級将校としての教育を受けていないこともあって、作戦指導能力はあまり評価されていない。ヒトラーの評価によるとディートリヒはドイツの名将である「フルンツベルク、ツィーテン、ザイトリッツ」に匹敵する人物とのことである。

将兵から絶大な人気があり、「パパ・ゼップ」の愛称で親しまれていた。戦後も旧部下から絶大な支持を受け続け、戦友の集会では大変な人気を誇った。(wiki:ヨーゼフ・ディートリヒ)

249: 名無しさん 02/04/27 17:20
逆にパットンは、中学に上がるくらいまで、文字を鏡写しや逆さに綴る癖が消えなかったったとか。

※ジョージ・パットン:
パットン大戦車軍団を率いたパットンは、古典文学と戦史を勉強する知的な子供ではあったが、基礎的な学習能力に問題があり、学校教育の全体にわたって影響した。他の子に比べ読み方を学ぶのが遅れ、綴り方のような基本的学習を行わなかった。今でいう失読症であったと言われている。(wiki:ジョージ・パットン)

250: 名無しさん 02/04/27 19:09
大東亜戦争中期、日本陸軍から目的を知らされないまま、一部の漁師や海洋研究機関にウミホタルの採集命令が下った。 

ある漁師が怒られるのを覚悟で買い上げに来た少尉に理由を聞いたところ、これは軍事機密だと口止めした上での話は、夜間斥候に出る兵士が、かねて用意の乾燥させたウミホタルを少しずつ道に撒きながら前進する。すると水分を得たウミホタルがかすかに光りだし、帰り道の目印になる…。 

しかしながらウミホタルとは微細なプランクトンのため、それだけをより分けて採るのは至難の業、研究用程度や、漁師が必死で最初の命令分をこなしたぐらいが関の山で、とてもではないが「制式兵器」に使える量は集まらなかったとか。 

251: 名無しさん 02/04/27 19:12
>>250 
畑正憲氏のエッセイにもありましたな。

氏の恩師の研究室の廊下に、ウミホタルがぎっしり詰まった一升瓶があって不思議に思い、訪ねたらそう説明された、というくだり。 


253: 名無しさん 02/04/27 19:13
そういえばムツゴロウさんの親父さんが731部隊という噂は本当?

254: 名無しさん02/04/27 19:24
>>253 
当時、氏の御尊父は満州開拓村の医師でしたからまずそれは無い。

ただ、遥か後年に氏が引退した御尊父と「実験用ラットの血管に空気を注射して安価・安楽に死なせる」話をしていたら、 

ムツ父「人間も結構丈夫なもので、100cc血管に入れても死なない」 
ムツ母「……!」(慌てて口止め) 
ムツ氏「……?」(……怖くて聞けない) 

と言うエピソードがエッセイにありました。>>253氏の聞かれた噂の元はこれではないでしょうか。

255: 名無しさん 02/04/27 19:29
>>254
なーるほど。 

角田房子さんの「満蒙開拓団」ではないが、8/9以降のソ連軍侵攻後、示唆する事実はあったのでしょうなあ

260: 名無しさん 02/04/28 22:28
>>254 
100cc程度じゃ大丈夫なのは医学書にも載ってますが。

261: 名無しさん 02/04/28 22:49
>>260 
馬鹿、肝心なのはムツ母が慌てて口止めしたところだ。

257: 名無しさん 02/04/28 05:42
9mmパラベラム弾の「パラベラム」とは「Si vis pacem, para bellum (平和を欲するなら、戦いに備えよ)」という語句から来ている。

265: 名無しさん 02/04/30 11:57
竹田宮の倅、竹田恒徳JOC会長の友人は、マンハッタンカフェの馬主・西川清(駐車場のtimes24経営)。

268: 名無しさん 02/05/02 08:33
帝国海軍の機関科・主計科は「相当官」、階級名は兵科と同じですが正式な軍人ではありませんでした。予科練も相当官。

273: 名無しさん 02/05/05 01:04
メルカバは日本語訳すると「戦車」。

まんまですね。

274: 名無しさん 02/05/06 01:30
>>273 
ユダヤ教的には、メルカバは神の乗り物(戦車)の名前。

※メルカバ:
Armoured_Corps_operate_near_the_Gaza_Border-1
メルカバの名称は、ヘブライ語で騎馬戦車(Chariot)を意味する語であり、旧約聖書のエゼキエル書に登場する「神の戦車」を意味するメルカバーに由来する。

過去の戦訓から、メルカバは乗員の生存性を第一に設計されている。その思想が端的に現れているのはエンジンの搭載位置である。各国のほとんどの戦車がエンジンを後部に配置しているのに対し、メルカバではエンジンが前部に配置されており、被弾時に走行不能になる可能性が上がる代わりに、エンジンへの被弾が遮蔽効果となり、結果として装甲の一部として機能する事で防御力の向上を図っている。

他に燃料や各種装備など車内のあらゆる物が乗員と弾薬に対する防護として働く様に配置されている。世界で最も重装甲な戦車の一つと考えられており、特に地雷や成形炸薬弾に対して高い防御力を持つ。(wiki:メルカバ)

275: 名無しさん 02/05/06 02:58
大戦中、日本軍から鹵獲した小銃を見て連合軍は驚いた、 

なんと世界に先駆けて、ポリゴナル銃身が実用化されていたからだ。

285: 名無しさん 02/05/11 03:08
>>275 
薬室・銃腔にクロームメッキしてたから驚いたと思うよ。

276: 名無しさん 02/05/06 07:42
「ポリゴナル銃身」て何?

281: 名無しさん 02/05/09 12:43
>>276 
ポリゴナル、polygonal、つまり多角形。ポリゴンとかペンタゴンとかと同じ。 

銃身の断面が多角形であり、ライフル(施条)と同様の効果を成す。例としてはSOCOMのアレ(H&P Mk23)とかが有名。 

※H&P Mk23:
640px-Mark23SuppressedLeft
サプレッサーとLAM(レーザー・エイミング・モジュール)を装着したH&K MARK 23(wiki:H&P Mk23)

277: 名無しさん 02/05/06 14:53
メトフォード型ライフリングで、ポリゴナルと似ているがちょっと違う。 

ちなみに元祖はイギリスのリー・メトフォード小銃。そしてイギリスはエンフィールド型に切り替えた。 

284: 名無しさん 02/05/11 02:49
蛇足ですが、普通にオタゴンバレルって呼ばれているものは、ライフリングではなく外見が八角形のバレルである。

そして、メトフォード型の場合は8角形。

※二十二年式村田連発銃:
Murata_gun
当時の欧州各国で採用され始めた連発式軍用銃を研究するため、1889年(明治22年)に渡欧した村田経芳によって設計・製造された。ライフリングは当時としては珍しかったメトフォード式を採用するなど、様々な新コンセプトを盛り込んだ意欲作であったが、軍用ライフル用弾倉として一時的に流行した細長い形の管状弾倉を採用したことが、村田連発銃を短命に終わらせる原因となった。(wiki:二十二年式村田連発銃)

278: 名無しさん 02/05/08 04:40
二式単戦のニックネームである「鍾馗」の意味は、魔除けの意味で端午の節句に飾る人形。

※二式単座戦闘機:
Wagner_Book_(16310754346)

279: 名無しさん 02/05/08 18:56
>>278 
それは違うと思うぞ。 

たぶん新明解の説明だと思うが、ここでの鍾馗とは、本来の疫鬼を退け魔を除くという中国の神様のほうだよ。日本でも民間信仰に取り入れられて、わりとポピュラーな神様だった。人形はこの信仰を踏まえたものだよ。 

いくらなんでも軍用機に人形の名前は付けないよ。(w

280: 名無しさん 02/05/09 01:55
>>279 
あの人形は中国の神様だから一緒のものじゃないの? 

あとあの鍾馗って神様は頭は良いのに顔が醜いから、科挙
(かきょ:中国で行われた官吏の採用試験)で受かったのに顔を見てから落とされて、恨みながら死んでいったという伝説を持つ人です。

283: 名無しさん 02/05/11 02:22
>>280 
違うよ、科挙を受けたけど落ちて、それを落胆して自殺したんだよ。それを知って悲しんだ皇帝が、彼を国の役人に命じたんだ。 

で、悪魔に国が襲われた時に、鍾馗が「皇帝の恩に報いるのはこの時だ」 って悪魔を追い払ったんだよ。

286: 名無しさん 02/05/11 04:20
>>280 >>283 
陳瞬臣の本にもありましたが、鍾馗については諸説入り乱れてて、本当はどれが正しいのか分からないそうです。

※鍾馗(しょうき):
326px-Shoki_the_demond_queller
鍾馗の図像は魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、屋根の上に鍾馗の像を載せたりする。鍾馗の縁起については諸説あるが、もともとは中国の唐代に実在した人物だとする以下の説話が流布している。

ある時、唐の6代皇帝玄宗が瘧(おこり、マラリア)にかかり床に伏せた。玄宗は高熱のなかで夢を見る。宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、どこからともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまう。

玄宗が大鬼に正体を尋ねると、「自分は終南県出身の鍾馗。武徳年間(618年~626年)に官吏になるため科挙を受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺した。だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた」と告げた。

夢から覚めた玄宗は、病気が治っていることに気付く。感じ入った玄宗は著名な画家の呉道玄に命じ、鍾馗の絵姿を描かせた。その絵は、玄宗が夢で見たそのままの姿だった。(wiki:鍾馗)

266: 名無しさん 02/05/02 05:59
マンシュタインはモーツアルトがお好き!

※エーリッヒ・フォン・マンシュタイン:
当時のナチス政権化のドイツの首相。最高指導者であるヒトラーの決定に逆らわなかったが、対案を具申し、ヒトラーに対してはっきりと意見を開陳する数少ない将軍の1人だった。(wiki:エーリッヒ・フォン・マンシュタイン)

267: 名無しさん 02/05/02 06:28
RSHA(ナチスドイツの国家保安本部)の半分はモールァルトが好きだ。

242: 名無しさん 02/04/24 11:20
ヒトラーは、お口が臭かった……。

【その8(完)へ】