【その5】
Yamato_Trial_1941

191: 名無しさん 02/04/09 21:47
115機撃墜のドイツ軍エース、メルダースは酷い乗り物酔い持ちだった。

※ヴェルナー・メルダース:
第二次世界大戦で活躍したドイツ空軍のエース・パイロット。1941年7月15日には101機撃墜と史上初の100機撃墜を果たし、全軍初の柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章を受章した。国民的英雄の戦死を恐れた上層部はメルダースを大佐に昇進させて戦闘機隊総監に任命した。

しかし第一次世界大戦で62機を撃墜した空軍技術局長エルンスト・ウーデットが「事故死」(実際は自殺)して、その国葬に参列するため本国へ向かうメルダースの乗ったハインケルHe111は、1941年11月22日、悪天候のためドイツ東部のブレスラウ付近で墜落、事故死した。(wiki:ヴェルナー・メルダース)

※ハインケル He111(爆撃機):
Heinkel_He_111

203: 名無しさん 02/04/15 20:17
He-111等で有名なハインケル社は、第二次世界大戦後、スクーターや、三輪自動車を作っていた! 

※ハインケル・ツーリストスクーター:
640px-Heinkel_Tourist_175,_Bj._1956_1a
1953年から1965年にかけて製造。排気量174cc。(wiki:ハインケル・ツーリスト)

※ハインケル・カビーネ:
599px-Heinkel_Kabine_vl_red
1956年から1958年にかけて生産。ハインケル・ツーリスト スクーターの174cc、9.2hp単気筒4ストロークエンジンを搭載。前2輪、後1輪の二人乗り三輪自動車。最高速度86km/h。(wiki:ハインケル・カビーネ)

204: 名無しさん 02/04/15 21:09
>>203 
ま、ハインケルはイセッタのライセンス生産品でもあるのだが…。 

※イソ・イセッタ:
640px-IsoIsetta
エンジン排気量236cc、最高出力9.5馬力、最高速度は85km/h。4輪。(wiki:イソ・イセッタ)

ついでに、メッサーシュミットもなー。 

※メッサーシュミット KR175:
640px-Messerschmitt_KR175_01
エンジン排気量173cc、最高出力9馬力。前2輪+後1輪の三輪車。前1+後1の二人乗り。(wiki:Messerschmitt KR175)

で、これらに触発されて日本が作ったのがこれ。富士重工の関連会社で作ったもの。これの広告に出ていたモデルさんのお兄さんは空自のF-86パイロット。で、モデルのギャラの代わりにこれを貰ったらしい。

ttp://www.mmjp.or.jp/motorcar-museum-of-japan/exhibition1002.htm 
※リンク切れ

※富士自動車・フジキャビン:
360px-FujiCabin
富士自動車(現:小松製作所)が1955年に発表し、1956年から1957年にかけて少数生産した前2輪・後1輪の超小型車。生産数85台。125cc後輪一軸、定員2名、最高速度60km/h、ボディはすべてFRP。価格は23万5千円。なお、富士自動車は富士重工(スバル)とは関係がない。(wiki:フジキャビン)

206: 名無しさん 02/04/16 00:15
車のメッサーシュミットは、bf109同様に「キャノピー」が横に開く。 

三菱とベンツが提携した際、海外では「零戦とメッサーシュミットの提携」と報ずる向きもあった。

※メッサーシュミット Bf109:
Messerschmitt_Bf_109G-2
(wiki:メッサーシュミット Bf109)

207: 名無しさん 02/04/16 00:45
>>206 
>零戦とメッサーシュミット 


負け組同士じゃないか。

208: 名無しさん 02/04/16 02:15
>>207 
「イタリア抜き」だからイイのです。

205: 名無しさん 02/04/16 00:00
..-. --- -..- - .-- ---

※モールス信号だと思いますが、解読したところ「ちまむやれ」。

209: 名無しさん 02/04/18 05:53
第二次大戦中、アメリカ兵ドイツ兵のことを「ジェリー」と呼んでいた。

「ジェリ缶」は「ジェリーの缶」つまり、ドイツ兵の缶ということ。

217: 名無しさん 02/04/20 02:49
ジェリー藤雄はドイツの藤雄という意味だったのだ。

※ジェリー藤雄の母がイギリス国籍。

211: 名無しさん 02/04/18 22:45
>>209 
アメリカ産ギャグアニメ「トムとジェリー」はドイツ人を狡猾なネズミに見立てたプロパガンダアニメなのです(嘘)。

213: 名無しさん 02/04/19 21:46
>>211 
それマジだぞ。「トムとジェリー」の初回は1941年。

215: 名無しさん 02/04/20 00:54
>>213 
マジだったノカー! 

いや、この間カートゥーンネットワークで久しぶりにトムとジェリー見たんだけどさ、トムが不憫で不憫で…あの番組って最高に教育上よろしくないと思ったり。

216: 名無しさん 02/04/20 02:42
「トムとジェリー」が、アカデミー賞を何度も貰っているのは、プロパガンダ効果をあげるためだったりして。

※トムとジェリー:
1930年代後半、当時アメリカでアニメーション(カートゥーン)の分野では、ウォルト・ディズニー・プロダクションとフライシャー・スタジオの2社がしのぎを削っており、他の映画会社が負けじとカートゥーンを手掛けはじめていた。MGMも例外ではなく、新しいカートゥーンを創るべく、ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラの2人のアニメーターに制作を依頼した。

1940年に第1作目「上には上がある」("Puss Gets the Boot") をアメリカで公開。公開当時、TOM and JERRY というタイトルは付けられておらず、トムは「ジャスパー (Jasper)」、ジェリーは「ジンクス (Jinx)」という名前だった。製作も、お馴染みのハンナ=バーベラの2人の連名ではなく、ルドルフ・アイジング (Rudolf Ising) という、全く別の製作者の名前が冒頭で公開されていた。

当初はMGM製作の長編映画上映時のフィルムの架け替えの時間を埋める作品であった。1話の時間が10分弱程度と短い(1カートン)のはそのためである。(wiki:トムとジェリー)

212: 名無しさん 02/04/19 01:35
トムとジェリーの日本語版「トムとジェリー、仲良くケンカしな~」を作詞したのは、エノケンに詞曲を提供した戦後歌謡の雄、三木鶏郎。 

※三木鶏郎(みき とりろう):
昭和前期から平成前期まで活躍した。芸名は好きなミッキーマウスと(デビュー当初、3人で活動していたことから)「トリオ」をかけたものであり、本来の読み方は「みき とりお」であったが、アナウンサーから「とりろう」と誤読されたためそれが定着した。(wiki:三木鶏郎)
222: 名無しさん 02/04/20 12:33
フローレンス・ナイチンゲールは看護婦の必要性を軍医達に納得させるため、世界で最初に棒グラフによる統計表記を行った。

226: 名無しさん 02/04/21 00:01
ナイチンゲールは、戦争の際の献身的な看護で知られるが、彼女はその際かかった病気が原因で、その後ずっと病人生活だった。

227: 名無しさん 02/04/21 00:06
>>226 
マジで!?

※フローレンス・ナイチンゲール:
ナイチンゲールが考案したのは「鶏のとさか」と呼ばれる円グラフ。彼女自身が看護師として負傷兵たちに奉仕したのはクリミア戦争従軍時の2年間だけで、クリミア戦争終結の翌年1857年、37歳の時に心臓発作で倒れてしまい、その後は慢性疲労症候群に由来すると考えられる虚脱状態に悩まされた。死去するまでの約50年間はほとんどベッドの上で過ごし、本の原稿や手紙を書くことが活動の柱となった。(wiki:フローレンス・ナイチンゲール)

223: 名無しさん 02/04/20 12:59
レンドリース(軍需物資の貸与)されたM3中戦車のソ連でのあだ名は「7人兄弟用棺桶」だった。

ソ連兵達のいやがる顔が目に浮かぶようだ。

※M3中戦車:
M3-Grant-latrun-1
(wiki:M3中戦車)

241: 名無しさん 02/04/22 09:54
ソ連でもっとも評価の高かったレンドリース戦車は、イギリスのバレンタインだった。

※バレンタイン Mk.II:
Velentainマーク2
(wiki:バレンタイン歩兵戦車)

243: 名無しさん 02/04/24 18:28
ソ連で一番人気があったレンドリース戦闘機は、P39エアラコブラ。

※P39エアラコブラ:
Bell_P-39_Airacobra

224: 名無しさん 02/04/20 21:11
嗚呼、インパールでM3にすら歯が立たなかった皇軍は…。

225: 名無しさん 02/04/20 22:02
>>224 
M3軽戦車を主力として、P-40Eを迎撃戦闘機として使い、九七式重爆を撃墜しましたとさ。 

冗談抜きでビルマの皇軍の話。

※P-40E:
603px-7th_Fighter_Squadron_-_P-40_Warhawk
(wiki:P-40)

※M3軽戦車:
PhilippinesCapturedStuartTank
1942年1月、フィリピンにて日本軍に鹵獲されたM3軽戦車。(wiki:M3軽戦車)

228: 名無しさん 02/04/21 00:55
>>225 
それって鹵獲した97式重爆をイギリス軍が使ってたって事ですか?それとも誤認撃墜?

229: 名無しさん 02/04/21 02:52
>>228 
迎撃機が不足した飛行第50戦隊が、フィリピンで鹵獲したP-40Eに目を付け、特殊防空戦闘機隊として4機がラングーン近郊に配備されたもの。 

で、昭和18年3月21日にラングーン地区で、突然の高射砲射撃と探照灯照射で、敵機空襲と思い緊急発進。双発機編隊に攻撃を掛けてみると、友軍の飛行第12戦隊所属で、編隊長機が不時着大破。死亡5名、重傷4名を出し、そのほかに2機が被弾、不時着した。 

こういう不祥事にも関わらす、5月までこの戦隊は維持されたらしい。

※九七式重爆撃機:
640px-Mitsubishi_Ki_21-2s

232: 名無しさん 02/04/21 04:30
空自や海自は基地(定住地)だが、陸自は駐屯地(仮住まい)である。 

陸自ってホームレスなのか?

※駐屯地:
陸軍(陸上自衛隊は軍ではないが)は移動した先々が作戦行動の拠点となり、平時の駐屯地が作戦行動時に基地とならない事から、特に区別する。(wiki:駐屯地)

234: 名無しさん 02/04/21 07:29
>>232 
海自に「基地隊」はあっても「基地」はありません。「横須賀基地」とかいうのは、最近マスコミが勝手に作って勝手に使ってる言葉です。 

236: 名無しさん 02/04/21 23:23
>>234 
○○基地隊っていうのは○○基地にいる部隊ってことで、単純に基地があると思ってました。

基地の最高責任者(○○基地司令)や基地の警備(○○基地警備)って言うようなものは無いのでしょうか? 陸自の場合複数の部隊が駐屯していると、高位の者が駐屯地司令として駐屯地を統制してます。

防衛庁のHPを見ると、海自の航空には○○基地って書かれてる所もあるのですが・・。 

237: 名無しさん 02/04/22 00:03
>>236 
「基地司令」というのはおらず、基地隊の司令として「基地隊司令」という役職があります。 

海自の場合、原則として艦艇一つ一つが独立した部隊として機能する前提で動いているので「基地」というものは存在しないのです。 

また海自の「基地隊」というのは「基地機能を司る部隊」という考え方なので、まず基地があって、そこの部隊を「基地隊」と呼んでいるわけではないのです。 

あえて土地に拘った言い方としては、横須賀であれば「船越地区、吉倉地区」 舞鶴では「北吸岸壁」のような言い方がありますが、これは編成などとは全く関係なく、純粋に「どこにフネがもやってる
(係留してるか)」を示すための場所の呼び方にすぎないのでありました。 

238: 名無しさん 02/04/22 00:19
>>237
ありがとうございます。

艦艇が基本なんですね。なんとなく分かりました。

239: 名無しさん 02/04/22 00:24
>>238 
誰か「佐世保基地」とかマスコミの口移しで言ってるのがいたら、「海自に基地はないんじゃボケ」と教育してやってください(笑)。 

【その7へ】