右から長門・武蔵・大和

233: 名無しさん 2001/08/22(水) 10:35
旅順攻略の第三軍司令官として指揮を執った、乃木希典将軍。 

多くの将兵を失い、自身も二人の愛息を失った乃木将軍は晩年、戦争遺族を慰問して歩いたというが、真偽は定かではないという。ただ巷では「一人息子と泣いては済まぬ。二人亡くした方もある。」 という歌が口ずさまれていたそうだ。 

乃木将軍の死後、東京赤坂に乃木神社が建立されるが、空襲の被害も全く受けることなく今に至る。

連合軍総司令官マッカーサー元帥の父が、従軍武官として乃木のもとにいたことがあり、古代ローマ人のような立派な武人だと敬服していたのが、息子にも継がれたのではないかといわれる。 

占領中も米兵による狼藉
(ろうぜき)を防ぐため常にMPが警備につき、元帥自身も訪れた際に木を植えたそうで、今では大きくなっているそうだ。 

どんな木かはわからないけど、機会があったら見てみたい…。

※乃木希典[のぎ まれすけ](1849年12月25日~1912年9月13日):
日露戦争における旅順攻囲戦の指揮を執った陸軍大将。第10代学習院院長に任じられ、迪宮裕仁親王(昭和天皇)の教育係も務めた。

1912年7月30日明治天皇が崩御し、大葬が行われた9月13日の午後8時ころ、自邸にて、妻・静子とともに明治天皇の御真影の下に正座し、日本軍刀によって自刃、明治天皇の後を慕って殉死した。満62歳没。乃木将軍はその時、以下のような辞世の句を詠んでいる。

「神あがり あがりましぬる 大君の みあとはるかに をろがみまつる」「うつ志世を 神去りましゝ 大君乃 みあと志たひて 我はゆくなり」

乃木神社の前を西に登る「乃木坂」も彼の名前から。(wiki:乃木希典)

236: 名無しさん 2001/08/22(水) 12:00
>>233 
沈黙の艦隊からの引用だけど、古代ローマ時代軍人とは、政治家であり、学者であり、研究者であった(うろ覚えなんで正確には違うと思う)というのがあった。本来軍人には、それだけの高い能力が必要だったのでしょう。

 だから、それと区別化するために職業軍人とかいう単語があるのかも。 

237: 名無しさん 2001/08/22(水) 15:23
>>236 
というか、ローマでは軍人=市民(有権者)だったのよ。それ以外は奴隷。 

市民は参政権を得る代わりに軍人として教練され、高い知識を持ち、ローマ市民としてふさわしい(とされていた)生活を送ることを義務づけられていたのだな。 

今の軍人にも能力の高い人いると思うが、ローマ時代と比較するのはいささか乱暴な気がする。ローマ時代の軍人には優秀なのが多かったとされているけど、それは軍人といっても将軍クラス(=選び抜かれた精鋭)だし。 

238: 236 2001/08/22(水) 16:41
>>237 
なるほど、大いに納得。つか、勉強になった。まあ素人の浅知恵ですので勘弁してください。

234: 233 2001/08/22(水) 11:00
オカルトとはかけ離れていることばかりですが、ご容赦を…でもこうして書いてると、悲しさの中にも温かさがそれぞれ感じられて好きなんですよ、日露戦争などのお話って。

そのうち又書かせていただきます。

235: 名無しさん 2001/08/22(水) 11:24
>>234
不謹慎かもしれないけど「戦争にも余裕とルールがあった」時代なのかねえ。

捕虜になって日本に収容されていた露西亜兵も、国際法にのっとって処遇され、地元住民との交流もあった(スポーツ対抗戦など)らしいね。終戦後に帰国せず、日本に残った者も少なからずいたとの話。

244: 名無しさん 2001/08/22(水) 23:05
>>235 
当時の日本は列強から非文明国だと侮られないために、国際法に非常に神経質で、ロシア兵に対するこの処遇もそれが根底にあるのでは(それがすべてとは言いませんが)。

251: 名無しさん 2001/08/23(木) 01:53
>>235 
戦闘中にロシア兵が、日本の捕虜収容所のあった地名を叫びながら投降してくることもあったらしい。松がつく地名だったと思うが…忘れた。

255: 名無しさん 2001/08/24(金) 01:48
>>251 
それは愛媛の松山ですよ。日露戦争中は、そこに捕虜収容所があったそうな。 なんでも、かなり捕虜を厚遇していたそうだけど。

239: 名無しさん 2001/08/22(水) 17:16
オカルト...て程では無いですが、うちの祖父って10才位から戦争から帰ってくるまで(25.6才位)死亡扱いだったらしいんです。親戚や近所の年輩の方から聞いたんですが...。 

祖父と同年代の方達には「あんたの祖父さんは、よくもまぁ逃げ出さんかったものよ」的な事をいわれます。

当の祖父は、警察時代の担当した悲惨な事件やグロ話はよくするのですが、戦争時代の話はいくら聞いてもしてくれません。

「学校の宿題だから...」と、言ってようやく話してくれたのは、「軍隊は時間に厳しかった」と「自分は辛かった事を思い出すので戦友にはあいたく無いし、多分相手もそうだろう...」 と、これだけでした。

なんか、不透明な部分が多すぎて、恐いのですが......。
 
240: 名無しさん 2001/08/22(水) 17:45
>>239
何らかの軍機の特務部隊所属だったのでは?と推測してみる。

241: 名無しさん 2001/08/22(水) 18:46
>>239
あるいは諜報関係だったのでは?

242: 名無しさん 2001/08/22(水) 21:03
>>239
シベリア抑留者かなんかでは?或いは数少ない戦時中連合軍に捕虜にされた一人とか。

親戚にも結構居るけどその手の人たちは語りませんよ。自分と戦友に恥じてるから。

248: 239 2001/08/23(木) 00:10
レス有難うございました。 

周囲の話を聞いたりして 私の知る限りでは、(安直ですが)特殊な部隊だったのかな.. と、いう気がするのです。 

近所に住む祖父の同級生の話では、祖父達は普通の小学校には入学しなくて、軍の養成所みたいな所に入ったらしいんです。そこは厳しさの余り辞めていく人が多数だったみたいで、村の同期で残ったのは祖父一人だったそうです。

それはわかるとしても、何故、死亡扱いになったのか... 。

それと、曾祖父、祖父と戦争で勲章を受けているのですが、数が多いような気もするのですが、普通はどのくらい受ける物なのでしょうか... 戦争で受けた物だけに、(こんなことを言ってはいけないのでしょうが)数が有る程恐い気がするのです。 

>シベリア抑留者かなんかでは? 
アジア、東南アジアの方には行ったみたいなのですがシベリアは無いようです。多分。 

249: 名無しさん 2001/08/23(木) 00:37
>>248 
中野学校かな?と思ったけど勲章とか受けてるんだと違うし…。
 
>戦友にはあいたく無いし、多分相手もそうだろう。警察時代の担当した悲惨な事件や
すると戦後警察官だった訳だ。それで友人にもあいたくないし向こうもそうだ…となると憲兵系か、特攻警察関係で捕虜や敵兵、脱走兵の逮捕・尋問・拷問を行ってた可能性在りかも。

終戦時は中国かフィリピンとかで逮捕抑留されたので、死刑かなんかになったと思われ戦死扱いとか…じゃなきゃ、陸軍の情報部の下部組織の人間だったとかね。

243: 名無しさん 2001/08/22(水) 22:49
以前、ある家族にお世話になっていたことがあったんだけど、その家のお爺さんに、満州だったか朝鮮だったかに出兵していた頃の話しをよく聞かされた。

お爺さんは伍長だったらしく、数人の兵隊さんを連れて歩いているとよく匪賊(ひぞく)に襲われたらしく、自分達の命を守るためにすれ違う人は皆、村人であろうが誰であろうが振り向きざまに切り殺していってたらしい。

それがエスカレートしたのかどうかはわからないけど、切り殺した人の首を切り落とし、木に括り付けたそうで、その木の下で記念写真まで撮ったらしく、写真を探してくれたんだけど見つからず、お爺さんは心なしか悔しそうだった。

そしてお爺さんは「その木はまるでリンゴの木みたいやったなぁ」と、当時を思い出しながら少し自慢げにうっすら笑ってた。

その数ヶ月後、そのお爺さんはまともな死に方をせず亡くなった。

245: 名無しさん 2001/08/22(水) 23:17
>>243
戦争は人間を狂わせるなあ…オカルトというよりマジで怖い。

268: 名無しさん 2001/08/25(土) 04:48
>>243 
完全な作り話ですね。単なる反日プロパガンダです。

250: 名無しさん 2001/08/23(木) 00:48
>>243 
その話と写真は中国のプロパカンダの可能性在るな…。

もしかしてそのおじいさん、中国の戦線で終戦迎えて中国に投獄されてなかった? 話の骨子が中国の日本兵への洗脳尋問の内容にそっくりなんだ。

その、切り落とした首を鈴なりに木にくくりつけた写真ってのも、満州の土産物屋で当時売ってた写真の可能性在るし。

252: 243 2001/08/23(木) 02:10
>>250
どうなんだろう?投獄されたってことも聞かなかった。でも写真を見たおばあさんの話では、お爺さんがその写真に映ってたって言ってた。
 
終戦間際岡山に戻って、危うく原爆が投下される前日に広島に行くはずだったのが、行くのが嫌で。班の皆と頭のフケをコップにためて飲んだら発熱したから広島に行かずに済んだ、って言ってたから違うと思うよ。

241: 名無しさん 2001/08/22(水) 18:46
戦争中にインドネシアだかどっかで、人魚を見た軍人がいるみたいね。あっちの言葉でオラン・なんとか(魚という意味の単語が入る)っていうみたい。誰も信じてくれなかったとか。

253: 名無しさん 2001/08/23(木) 14:49
7年ほど前、仕事で戦争経験者の体験集のテキスト入力をやった。

赤城の元乗組員や武蔵か大和の元乗組員もいた(俺はその文集で大和の燃料が往復分確保されてるのを知った)。それによると、菊水作戦の時は大和艦内はまさに地獄絵図だったらしい。

命中した魚雷や爆弾(?)で装甲は吹っ飛び、内部通路を爆圧で細かい金属片が走りぬけ、それによって乗員が倒れていき、流れ出た血でまともに歩けなくなるくらい、通路は真っ赤に染まったそうだ…。

※菊水作戦:
沖縄戦を阻止する目的で実施された日本軍の特攻作戦。「大和」は海上特攻(自力座礁し、浮き砲台として陸上戦を支援し、物資を陸揚げし、乗員は陸戦隊として敵陣突入させる。沖縄への片道分の燃料しか積載していなかったという説もある)の任につき、沖縄に向かっていた途中、鹿児島坊ノ岬沖でアメリカ軍の攻撃を受け爆発、沈没した。

254: 名無しさん 2001/08/24(金) 01:44
>>253
え、大和って往復できたんだ…意外。でも、考えてみたらいくら玉砕覚悟とは言え、当時最強の戦艦をむざむざ捨てに逝かせはしないか。

256: 名無しさん 2001/08/24(金) 01:56
>>254
よく片道分の燃料を積んだ特攻作戦って言われるけど、それは帳簿上の燃料搭載量で、帳簿外燃料を積み往路燃料を確保し、乗員には特別手当が支給された通常の作戦行動として行われている。

帳簿外燃料とは、艦船の底の方に貯まっている通常使われない燃料。これを複数の艦船からくみ出し、出撃日時に間に合わせ、往路分も確保した満タン状態での出撃。

この事は海軍軍令部にはなぜか連絡が間に合わず、記録上は支給された片道分燃料での出撃と後々言われることになる。

259: 名無しさん 2001/08/24(金) 02:23
>>254 
それは違う。 

当時の連合艦隊司令部も軍令部も、連合艦隊の名誉のため、又特攻の先駆けとして、大和には沈んで欲しかったらしい。

真に大和を沖縄へ行かせたかったら、稼動可能な全ての駆逐艦や海防艦を護衛に着け、九州の基地から戦闘機を直衛に(沖縄に降りさせる)着けることもできたはず。でも本土の戦力は「本土決戦」用に温存された。 

軍港の重油タンクの底などから帰りの燃料を捻出したのは、軍令部の思惑とは関係なしの「人情」の部分が大きいと思う。「なにもしてやれないけど、これくらいは」みたいな。 

260: 254 2001/08/24(金) 14:38
>>259 
えー、そうだったのか…わざわざ最強戦力を捨ててまで玉砕したかったの? 本土防衛のために取っておけばいいのに…ガイキチの考えることはわからん。 

2次大戦(対米戦)に突入しようという判断そのものがオカルト。

261: 名無しさん 2001/08/24(金) 16:33
>>260 さんはもう少し、歴史(でいいのか?)勉強した方がよいと思われ。 

すでに当時、大和は最強戦力とはなりえなかった。いかに強力な戦艦でも、航空兵力の集中攻撃で撃沈されるというのは、第2次世界大戦で実証済。事実、現在の海軍の主力は空母だし。 

太平洋戦争も、日本の身のほど知らずな領土拡大をきっかけに、外交戦略により煽りたてた側面もある。 

262: 名無しさん 2001/08/24(金) 17:03
>>261 
第2次大戦の話なのに、2次大戦で実証ってのは変だろ。局地防衛のための海上要塞として使うなら、大和級は有効だったと思うが? 

263: 261 2001/08/24(金) 17:55
>>262
太平洋戦争の初期の段階で判明してたことだよ。 

1941年の12月10日、マレー沖海戦にてイギリスのプリンス・オブ・ウェールズとレパルスは、日本軍の航空攻撃のみで撃沈されてる(だがそれを認識しなかったのが日本帝国)。 

それと説明不足の部分もあった。制空権のない戦域での戦艦は最強戦力とはなりえない、だ。スマソ。制空権がない以上、海上に浮かぶ限り要塞としてもだめでしょう。
 
対空砲火に近接信管式(VT信管)の炸裂砲弾があれば、ちっとはマシかな? 

っつーわけで、いいかげんオカルトにもどろーよー、誰かネタをクレクレ。

257: 名無しさん 2001/08/24(金) 02:02
大和には往復の燃料以外に、沖縄で使う為の大金も搭載されてたと何かの戦史本に載ってたで。

259: 名無しさん 2001/08/24(金) 02:23
>>257
乗組員の給料や物資調達費など締めて5万円ちょっとってやつだね。

264: 名無しさん 2001/08/25(土) 02:52
それじゃオカルトネタ。

アメリカ海軍だっけイギリスだっけスコーピオン号ってなかったけ? 呪われた船って奴で…。

265: 名無しさん 2001/08/25(土) 03:17
原潜にスコーピオン号ってのがあったな。

※スコーピオン:アメリカ海軍の原子力潜水艦。
地中海での演習参加後、乗員99名を乗せ母港への帰投中の1968年5月21日、夕方の定時連絡を最後に消息を絶った。アメリカ海軍は同日、スコーピオンの遭難を発表するとともに捜索を開始したところ、10月28日にアゾレス諸島南西沖、深度約4,000mの海底に圧壊した船体の一部が発見された。(wiki:スコーピオン)

266: 名無しさん 2001/08/25(土) 03:56
83年4月ごろのムーに、ナチスドイツのシャルンホルストって巡洋戦艦は呪われてたって話が載ってた。

うろ覚えで書くけど、建造時から幽霊が「この艦は呪われてる。最後の一人まで死ぬ」とか言って出て、建造中から工員が死んだりしてたと。

で、印象深いのがこの艦の最期で、夜戦で敵艦の艦長もシャルンホルストが呪われた艦だってことを知ってたんで、シャルンホルストの位置がわからないにも関わらず適当に距離方角を指示し「当たったら死に神に乾杯だ!」とか言って発砲。で、初弾命中(違ったかも)したとか。

で、シャルンホスルトは沈没、後に近辺の岸辺に、艦から逃げ延びたと見られる二人の焼死体が見つかった。彼らは救命ボートで逃げ延びたらしいが、寒さしのぎにつけようとしたストーブが爆発して死んだようだと。

建造時の幽霊の言った通り、この艦の乗員は一人残らず死んじゃったのだなぁ、というお話。

267: 名無しさん 2001/08/25(土) 04:03
>>266
オカルトな話だね。コワー

※シャルンホスト
建造中の事故死の異常な数、度重なるボイラーの爆発での事故死、艦長になるはずだった人が心臓発作で突然死亡するなど、就役前から暗雲がたちこめていた。
 
抽選で選ばれてシャルンホルストの洗礼親になった14歳の少女が、進水式の数日後、不思議な文字を書き残して自殺。それがルーン文字に近い難解な古代語で「私は魅せられました」「護りなさい」と書かれていたらしいことが分かった以外、何故平凡な少女がそんな文字を知り、何のために書いたのか分からずじまいであった。 

1943年12月25日、敵輸送船団攻撃の為出撃し、翌26日、英艦隊と交戦中に砲撃を受けて損傷、更に他の英国艦から雷撃を受け、沈没した。数百発の砲弾を浴びたといわれている。1968名中生存者は僅か36名であった。(wiki:シャルンホルスト)

Scharnhorst-2-A503-FM30-50
全長 235.4m 、全幅30m。1939年1月7日就役~1943年12月26日戦没。

279: 名無しさん 01/08/29 12:21 ID:KU.Y4Z/Q
うちの町には大戦中に2度B29が落ちた。 

「町の歴史」にはここまでしか書いてないが、地元の人の話では一度はクワで殺し、一度は生きたまま埋めたそうだ。

269: 名無しさん 01/08/28 09:19 ID:Hx/BmBDs
詳しいことは忘れたけど、太平洋戦争中のこと。

福岡県の福岡市に油山という山があって、市内が空襲にあった際、高射砲にやられたB-29が墜落(不時着?)したという。軍が捜索した際にほとんどの乗組員は死んでいたそうだが、生きてい者もいたそうだ。

しかし地元の某大学に収容され、全員息のあるうちに人体解剖されてしまったという…。

このお話を私は映画で知ったんだか、酔っ払ってたのでタイトルを知らない。映画はモノクロだったけど、そんなに古くもなさそうだった。解剖のシーンがモノクロながらも、グロく感じて吐いてしまった…。

マイナー過ぎるかもしれないけど、情報あったらお願いします。地元民なので…。

270: 名無しさん 01/08/28 09:32 ID:LGiTUmxU
>>269
それって「海と毒薬」?

272: 名無しさん 01/08/28 10:39 ID:QcYpzOgg
>>269
「海と毒薬」でまちがいないと思う。

あの手術シーンだけど、生きてる豚を生体解剖して撮影したんだよね。監督がリアルに撮りたいってんで、特殊メークは却下。で、豚になったわけ。道理でアップの絵が多かったでしょ?

それと、手術シーンの血糊だけど、これもホンモノ。スタッフに献血させたんだって。白黒映画なのにねー。

273: 269 01/08/28 13:34 ID:mknJoQt6
レスをどうも。遠藤周作の「海と毒薬」は聞いたことあったけど、これのこととは…今だ解剖シーンがトラウマだが、ビデオ屋行ってみます。

俺は油山でバイトしてたけど、B-29のことも何も伝えるような物は無かった。

274: 名無しさん 01/08/28 16:59 ID:x2xErVeo
>>273
ああ、それは原作のフィクションだから…。墜落したB-29の乗員が生体解剖されたって話と、旧軍の蛮行やなんかの逸話で作った話だから。

肝臓を喰うとかは外地での話だろうし、(満州でやったって話があっ
たな)将校達のいやらしさはどう見ても関東軍のイメージだし。

B-29の乗員なんて、墜落したら地元の人たちに竹槍でリンチされて大抵死んでたからね、運良く捕虜になる人は少ないよ。

海と毒薬 デラックス版 [DVD]
奥田瑛二
パイオニアLDC
2001-12-21


275: 名無しさん 01/08/29 01:58 ID:xdVUjvKk
ベトナム戦争の時も、肝臓を喰う米兵がいたって話を聞いたことがある。

276: 名無しさん 01/08/29 10:46 ID:fNLNotO6
素朴な疑問だけど、肝臓って食べると何かいいのかな?

278: 名無しさん 01/08/29 11:16 ID:l0tKOXFU
>>276 
とても古い民間伝承でね、戦士の肝(肝臓ね)を喰らうと、その戦士の持っていた強さを手に入れる事ができると言うものらしい。 

世界各地に同様の迷信が散在しているらしいんだけど、日本だと九州地方で割と最近まで生き残っていたらしい。 

277: 名無しさん 01/08/29 10:48 ID:.HjyBuZI
大昔は、ミイラにして臓器を煎じて飲んだらしいね。

278: 名無しさん 01/08/29 11:16 ID:l0tKOXFU
>>277
19世紀、木乃伊
(ミイラ)はお薬として大量にヨーロッパに輸入されていました。粉にして飲んでたのは本当だけど、大昔ではございませんって辺りが…。

280: 名無しさん 01/08/29 12:36 ID:fNLNotO6
>>278 
ありがとう。肝臓は特別なものとされていたんですね。今では鉄分豊富なせいか、スタミナの素っぽいですけど。

>>269の言う、米兵を生きたまま解剖した事件。

九州大学生体解剖事件:
太平洋戦争末期の1945年5月、福岡市を始めとする九州方面を爆撃するために飛来したアメリカ陸軍航空軍のB-29が、熊本県・大分県境で撃墜され、機長以下、搭乗員12名が阿蘇山中に落下傘降下した。

3名は現地で死亡。生き残ったのは9名であったが、東京からの暗号命令で「東京の捕虜収容所は満員で、情報価値のある機長だけ東京に送れ。後は各軍司令部で処理しろ」とする命令により、機長のみが東京へ移送された。

残り8名の捕虜の処遇に困った西部軍司令部は裁判をせずに8名を死刑とすることにした。このことを知った九州帝国大学卒の軍医は、8名を生体解剖に供することを軍に提案した。これを軍が認めたため、8名は九州帝国大学へ引き渡された。

8名の捕虜は収容先が病院であったため健康診断を受けられると思い、「サンキュー」と言って医師に感謝したという。彼らに待っていたのは、銃殺刑の代わりに行われた、生存を考慮しない臨床実験手術だった。

捕虜に対しての実験手術の目的は、主に次のようなものであった。「不足する代用血液の開発のための実験」「結核の治療法の確立のための実験」「人間の生存に関する探求」「新しい手術方法の確立のための実験」。

手術方法は、主に次のとおりであった。「血管へ薄めた海水を注入する実験」「肺の切除実験」「心臓の停止実験」「その他の脳や肝臓などの臓器等の切除実験」「どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るための実験」。

8人の捕虜は全員死亡し、戦後の軍事法廷で実験を行った医師5名に極刑が言い渡され、立ち会った医師18人が有罪となった。

後に、医学生として解剖に立ち会った東野利夫氏はこう述べている。

「そのころの日本人は激高心をアメリカに対して持っていた。もちろん医者が人命にかかわる人体実験をしたことは悪いが、そこを間違わせるのが戦争であり、いかに戦争というものが人命を預かる人間でもここまで狂ったというか、そういうことが二度とあってはならないが、戦争時代にあったという事実、軍が良いと言ったからとやったという言い訳はもう今後は二度と出来ない。」(wiki:九州大学生体解剖事件)

一連の出来事を、「非道だ、鬼畜だ」と、一言で済ませてしまえばそれまでかも知れない。当時の解剖実習室管理者、平光吾一教授はこう述べている。

「日本国土を無差別爆撃し無辜(むこ:何の罪もない)の市民を殺害した敵国軍人が殺されるのは当然だと思った。ましてたった一人の倅(せがれ)をレイテ島で失った私にすれば、それが戦争であり自然のなりゆきだと信じていた。」

遥か南方で戦死した息子。どこでも手に入る海水を、代用血液(生理的食塩水)にできるのかどうかの実験等を行った彼らを、一概に責めることはできないのかもしれない。

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引用元:http://curry.2ch.net/test/read.cgi/occult/993202628