【その4】
病院

48: 座る老婆 01/09/11 16:46
「なあ、君はオバケや幽霊って信じるかい?」 

唐突に、野口氏が私に話しかけてきた。私は盲腸をこじらせ腹膜炎、野口氏は左足複雑骨折にて入院中のベットの上での事である。 

「さあ…。僕は信じていますけど、人はどうなんでしょうね。」 
「そうか。実は、俺も信じているんだ。とは言ってもつい最近信じ初めたんだけどな。」 

 そう言って野口氏は、ギプスで固められた左足を指差しながら笑った。 

「この足は幽霊に折られたんだ。俺は今でもそう思っているんだ。誰も信じちゃくれないけどな。」

         *   *   * 

野口氏は新聞配達をしながら専門学校に通う奨学生だった。彼の担当地区は他の地区に比べ狭く、配達件数もそれほど多くないのに、仲間の間では人気のない区域だった。 

それは、墓地の敷地を横断しないと配達ができない、2軒の家が担当地区の中にあったからだった。

しかし、幽霊などを信じていない彼には最高の地区であり、他の仲間の怯えようが信じられなかった。

ましてや、自分がその当事者になろうとは夢にも思っていなかった。

49: 座る老婆 01/09/11 16:47
その日は前の夜から激しい雨が降っていた。 

いつも通り朝刊の配達に出た彼は、墓地奥の2軒の配達へとやってきた。まだ真っ暗な早朝。加えて、この豪雨のため、墓地の奥の視界はひどく悪い。墓地のところどころにある街灯だけを頼りにバイクを走らせねばならなかった…。 

2軒目のポストに、ようやく新聞を放り込み彼は大きな溜め息をついた。いつもなら、往復で2分もあれば済むところを、片道に3分以上もかかってしまった。 

たいした時間では無いが、こんな雨の日はとにかく1分1秒でも、はやく帰って熱いシャワーでも浴びたい。 

「こんなんじゃ、何時に終わるか分かったもんじゃない。」

彼は来た時よりも速いスピードで、墓地の出口に向かって、バイクを走らせた。何本目かの街灯にさしかかると、その下に白い大きなごみ袋がおいてある。 

「あれ?来るときは何もなかったはずなのに…。」

好奇心にかられた彼は、その物体を確認すべくバイクで近寄った。 

大きなごみ袋に見えたそれは、雨にうたれうずくまっている、白い着物の老婆であった。老婆はこちらに気づく様子も無く、うずくまったまま独りで何かを呟いていた。 

「ははぁん。これは、嫁とケンカでもして家を飛び出した、近所のバアさんだな。」

厄介ごとに巻き込まれるのが嫌な彼は、バイクのアクセルをふかし、この場を素早く立ち去ろうとした。

50: 座る老婆 01/09/11 16:47
と、その時老婆がこちらを向き、立ち上がった。そして、バイクの眼の前を、すたすたと横断し始めたのだ。 

その着物はこの雨にもかかわらず、全く濡れていない。それどころか、着物の裾は静かに風になびいている。老婆は再びしゃがみ込むと、小さな墓の雑草をむしりだした。 

それは異様な光景だった。

泣き声とも叫び声ともつかない嗚咽を漏らしながら、老婆は草をむしり取っている。野口氏はバイクにまたがったまま、その場にたちつくしていた。 

老婆の背中が突然大きくゆらいだ。

ゆらぎはしだいに大きくなり、ゆっくりと眼の前から老婆は姿を消していった。十数秒程の出来事であった。 

配達の事などもう彼の頭の中にはなかった。パニックに陥った彼は、バイクを無我夢中に走らせた。

見通しの良いT字路にでた。正面には見慣れた販売店が見える。

51: 座る老婆 01/09/11 16:48
「助かった」

彼が安心したその瞬間、いままでいなかったはずのトラックが、突然バイクの目の前に現れた。

とっさの事にバイクは避ける間もなく、トラックの下に挟まれ50メートル程アスファルトの上を引き摺られる。やっと、止まったトラックの下から這い出そうとした時、彼は左足に走る劇痛に耐えきれず気を失った。 

次に目を覚ましたのは、この病院のベッドの上だった。

全治9ケ月。そう告げられた。 

        *   *   * 

もちろん周囲の人は彼の話を信じなかった。 

販売所の人たちは当然のこと、両親まで老婆を見たというだけでなく、それが幽霊だったなどという話など信じてはくれなかった。野口氏は誰にも話を聞いてもらえず、半ばイライラしながら病床に伏し続けた。 

…そして3ケ月後、その隣りに私が入院したのである。 
 
52: 座る老婆 01/09/11 16:49
さて野口氏が入院して数日後、彼の先輩で新聞配達の仲間でもあるT氏がお見舞いに訪れた。 

T氏は野口氏のもっとも親しい友人で、野口氏は彼にもまた老婆の話を繰り返した。…当然だが、彼も真に受けた様子はなかった。 

「そうか。あの地区は今までみんなで代わりばんこに配達してきたんだが、明日から俺が担当することになったんだ。お前がそこまで言うんだったら、ひとつその老婆がいたという場所を見てきてやろう。」 
「頼む、おちおち寝てもいられないんだ」 

「配達を終えたら、まっすぐここに来て教えてやるよ。だめだったら電話ででも…。」 
「ありがとう。」 

野口氏は地図を描き、詳しい説明と老婆の姿も事細かにT氏に伝えた。 

翌日、野口氏はT氏からの連絡を今か今かと待ち続けた。

そこへ知らせが…。それは思いもよらぬ内容だった。 

53: 座る老婆 01/09/11 16:50
T氏が事故。しかも野口氏と全く同じ場所、同じ時間、ほとんど同じと言ってよいトラックにバイクごと引きこまれ、野口氏同様左足を粉砕骨折、今この病院に運ばれている途中だという。

野口氏の顔色は変わった。 

「…ごめん! おれが変なこと頼んだから!」 

目が覚めたばかりのT氏に野口氏は会いに行った。 

「…いやあ、お前のせいじゃないさ。だって老婆なんか見なかったぜ。…でも不思議だよな。あんな見晴らしのいい道で、雨だって降ってないのに、絶対トラックなんかいなかったはずなのに、気がついたらトラックが飛びこんできて、気がついたらこの病院なんだぜ。」 

「…その気がついたらって話だけど、あの時言わなかったけど…救急車で運ばれてる途中、気を失ってるはずなのに…妙に覚えてるんだ。気を失ってる間ずっと…夢枕にあの老婆が座ってたんだ。」 

「…え。」T氏の声も低くなった。 

「…実は俺も…老婆かどうかわからないけど…目を覚ますまでずっと、誰かに見られてたような気がする。夢うつつで目をつむってると、誰かがじっと俺を見てるんだ…。」

54: 座る老婆 01/09/11 16:50
         *   *   * 
「…必ず何かある。…でもこの足じゃまだまだしばらくは入院生活だし…。」 

嘆く野口氏に、むこうみずな中学生でもあった私は、「じゃあ僕が見てきましょう」と受けあったのだった。 

「僕はもうすぐ退院だし、墓地だって家の近くだもの。その上、バイクに乗らないから事故にあうってこともないだろうから…。」 

退院した私はとりあえず、一人だと心細いので、同級生数人と連れだって問題の墓地を訪れた。

腕白ざかりの中坊数人が墓地でわぁわぁ言って騒いでいたせいだろうか、たちまち住職が私たちを見つけて吹っ飛んできた。 

顔を真っ赤にした住職に懸命に事情を話しやっと、「遊んでいたわけではない」とわかってはもらったが、職は問題の老婆には心当たりがないという。 

とにかく野口氏の書いた地図を頼りに、その場所に連れてってもらうことにした。 

55: 座る老婆 01/09/11 16:51
「あった!」 

老婆が草をむしっていたという場所には、草ぼうぼうの荒れ果てた古い墓があった。墓には、ひとりの女性の戒名が刻まれていた。 

「ああここ…。」 

やっと思いだした、という風に住職が話し始めた。 

「このお婆さんの家族ね。数年前に九州に引っ越して、誰も墓の面倒をみなくなったんだ。手入れもしてもらえないから、こんな草ぼうぼうなんだな。気の毒に…。しかも、今年が十三回忌ときてる。」 

住職は手を合わせ、低い声で読経を唱え始めた。 

なるほどわかった、という顔で同級性たちはうなづいていたが、私は一人だんだん顔が青褪めてくるのを感じていた。 

私だけが気づいてしまった事実。

56: 座る老婆 01/09/11 16:51
「4月26日」

墓に掘ってある故人の命日。それは、まぎれもなく野口氏が老婆を見、事故にあったその日の日付であった。 

「へえ~、これがそのお婆さんの墓かぁ。記念に写真とっとこ。」

こんな場所へ来ると、よせばいいのに写真を撮りたがる者はいるものだ(墓地に入った時からシャッターを切り続け、問題の墓も撮影したが、後で現像してみたら…老婆の墓だけ写真が真っ白だったという).

さて野口氏だが、住職がねんごろに読経してくれたせいだろうか、突然9ケ月のはずだった入院が早まり、その後3ケ月くらいで退院できることとなった。 

そして再び新聞配達の仕事にもどり、現在まで何ごとも起きていない。

59: 名無しさん 01/09/11 17:15
「コックリさん、コックリさん、いらっしゃいましたら、どうぞこの10円玉に降りてきてください…。」 

私たちが好奇心にひかれ『コックリさん』をやっていたのは、今から10年以上も前の中学生のころだった。

当時、爆発的にコックリさんが流行していたため、私たちも流行に遅れまいと、毎日のように放課後、『生徒会室』で生徒会の連中を集めてやっていた。

初めのうちは誰が誰を好きだの、自分は何と言う人と結婚するのかだの、他愛のない質問で盛り上がったりしていたが、そのうちに今降りて来ている『コックリさん』は一体何なのかという質問へとなった。 

「コックリさん、あなたの正体は何ですか?。狐ですか、それとも狸ですか?。」 

……ニ・ン・ゲ・ン…… 

「名前は何と言いますか?。」 

……フ・ジ・モ・ト……

60: 59 01/09/11 17:16
『藤本』と名乗る人間らしき霊の出現に私たちは興奮した。 

私たちの間では、人間の霊は得が高く、動物霊と違い祟らない。その上、当時出ていたその手の本では、的中率も高いと言われていた。私たちは、翌日から一層『コックリさん』へとのめり込んでいった…。 

ある日、いつものように放課後『生徒会室』で『コックリさん』をやっていると、めったに顔を出す事のない生徒会長のMがやってきた。 

彼は入って来るなり、私たち(私、S、他2人)を覗きこみ、こう言った。 

「おっ!馬鹿が揃ってインチキ占いをやってらぁ!」 

M自身は、私たちに悪気や恨みがある訳でなく、ただ単によこやりを入れつつ、きつめのギャグを言ったつもりだった。 

しかし、彼と折り合いが悪く、その手のギャグを理解しない人間が1人いた。生徒会副会長であり、この『コックリさん』の首謀者であるSである。 

「S!お前、こんな事して期末試験のヤマでも張ろうってえの? そんな狸だか狐だかわからん連中を信用する前に、帰って勉強しなさいっ。」 

「なんだと!」

61: 59 01/09/11 17:16
Sが叫ぶと同時に、文字盤の上の10円玉が激しく回り始めた。 

10円玉は、しだいに大きく、そして早く、激しく回りながら円を描き続ける。Sと他に指を10円玉にのせている2人も、指が10円玉から離れないように必死になっている。 

「こ、これはいったい…。M!やめろ。藤本さんが怒ってる!」 
「馬鹿じゃん!そんな脅しをかけたって、怖くないぜ!」 

「…。」 
「お前ら全員、脳ミソ腐ってるんじゃない。コックリさんに名前なんかつけてよ。」 

10円玉の回転はさらに大きくなってゆく…。そして、益々エスカレートしてゆくMの横槍にたまりかねついにSは、顔を真っ赤にし、大声で叫んだ。 

「藤本さん!どうぞ、Mを呪ってください! 殺しても構いません!!」 

途端、あれだけ激しく回っていた10円玉が、まるで波が引くかの如くスーッと止まった。 

『はい』 

10円玉はそう書かれた文字の上で、ピタリと止まった。

62: 59 01/09/11 17:17
そして、そのまま『藤本さん』は2度答えることはなかった。 

気まずい雰囲気が室内に漂った…。Mは一言も口をきかずそそくさと『生徒会室』を出て行き、私たちもしばらく『コックリさん』をやるのはよそうという話になった…。 

         *   *   * 

次の日の放課後、私たち4人はいつものように『生徒会室』には集まらず、本来自分達が所属しているクラブ活動に各々参加していた。私も例外ではなく、暫くぶりにバスケット部の練習に参加していた。 

夕方の4時半をまわった頃だっただろうか。突然校庭の中に、けたたましいサイレン音と共に救急車が入ってきた。 

救急車は校庭を突っ切ると校舎1階にある『生徒会室』の前に止まった。 

大勢の人だかりができ、しばらくして中から誰かを運び出し救急車は再び、けたたましいサイレン音を響かせ走り去っていった。身内の事故かもしれないと思った私は急いで『生徒会室』へと向かった。

騒ぎの治まった『生徒会室』の入り口では、1年生の書記の女の子がひとり取り乱して泣いている。

「どうしたの、誰かケガでもした?。」

63: 59 01/09/11 17:17
「生徒会長が…、生徒会長が…。」 

ただごとでない彼女の怯えように不安を感じた私は、『生徒会室』のドアを開け中にとびこんだ。

「うっ…。」 

室内の異様な匂いにたじろいだ。椅子や机が散乱する中、吐き戻したのであろう血の混じった汚物が床一面にあった。尋常でない事が起きたのは明白であった…。 

その後、やっと冷静を取り戻した彼女に、その時Mに何が起きたのか聞くことができた。 

         *   *   * 

その日、彼は珍しく2日も続けて放課後『生徒会室』へとやってきた。先に部屋に入って仕事をしていた彼女は軽く一言二言挨拶を交わし、明日までに仕上げなければならない予算案の作成を続けた。 

「あれ? 何だよこれ。」 

Mは怪訝そうな声を上げながら、ゴミ箱に何かをまるめて投げ込んだ。そして、Mは彼女に対し声を掛けようと、ゆっくりこちらを向いた時であった。 

「… ぐあぁぁぁっ …」

65: 59 01/09/11 17:18
大きな声を発しながら彼はその場にうずくまった。

彼女が驚いて駆け寄ると、彼の足元はすでに血の混じった汚物に、まみれていた。そして、突如立ち上がると今度は、奇妙な声を張り上げ、口から汚物を吐きながら『生徒会室』内を暴れまくった。

机や椅子を投げ散らし、狂った様に床の上をのたうち回った。 

その間、彼女は部屋の隅で何もできず震え泣いていたという。

そして、床に倒れた拍子にMはピタリと動かなくなり、それを見た彼女は職員室へと飛び出して行ったのだった。 

私は後からやって来た、Sと共に彼が捨てたと言う何かを探した。 

丸めて捨ててあったそれは、昨日帰宅途中に燃やして捨てたはずであった、『コックリさんで使った文字板の燃えかす』だった。 

私たちは絶句した。

66: 59 01/09/11 17:18
Mの病名は『急性の脳腫瘍』との事であり、私たちが病院に見舞いに行ける様になった時でも、右半身麻痺の症状で、言葉さえ満足に話せない状態であった。 

彼の両親が医者から聞いた話では、腫瘍の状態からみて、昨日今日に発病したのであろうという事だった。

ただ、医者は急すぎる発病に首をひねっていたといい、両親は何か原因に心当たりが無いか私たちを質問攻めにした。 

当然、『コックリさん』の話など出来るわけも無く、結局体育で転んだことが原因ではないかと言う事に落ち着いた…。 

         *   *   * 

後日、彼に聞いた話ではあの倒れた日、朝から誰かに見られている冷たい気配を感じていたと言う(しかし、彼自身未だに幽霊などの話を全く信じようとはしない)。
 
Sは1年間、毎日病院まで通い彼が退院するまで、その日学校で習った勉強をまとめたノートをMに届け、教え続けた。 

その後、Mもすっかり元気になり、2人は今でもかわらず友人である。

68: 名無しさん 01/09/11 17:24
ひとつだけ聞いていい? 
>急性の脳腫瘍 
腫瘍に急性ってあるの?

69: 名無しさん 01/09/11 17:26
>>68 
いきなり腫瘍が出来るのだ。 そこが摩訶不思議!現代の医学をもってしても解明されないなぞの奇病なのだ!! そしてその実態とは!! 

次回へつづく

※2015年の24時間テレビ内のドラマ「母さん、俺は大丈夫」で、山田涼介くんが急性脳腫瘍を発症したサッカー部の高校生を演じています。このドラマは原作(実話)もあるので、「ゆっくり」、ではなく、「急速に」発症する脳腫瘍を「急性脳腫瘍」と称するみたいです。



67: 病院に良くある話 01/09/11 17:21
必ず入ったら死ぬ病室。 

その病室に入院したら必ず死ぬと言う部屋。 

そこは、死にそうな人が入るからなのだ。 

あなおそろしや。

【その6へ】