82: 好爺 03/03/29 22:16
『果進居士が事』―義残後覚より―
近頃、果進居士(かしんこじ)という幻術を行なう者がいる。
上方へと志して筑紫より上って行ったが、日を経て伏見にやって来た。ちょうど日能大夫が勧進能(かんじんのう:田楽などの公演)を行なっていたが、見物人が貴賎(きせん:身分の高低、貴族も貧乏も)をとわず満員になっていた。
果進居士も見物しようと思ったが、中に入る事も出来ずに立ち入る隙も無かった。果進居士は間近によって見ることが出来ないので、ここはひとつ芝居をして入ろうと思って、諸人の後ろに立って下顎をそろりそろりとひねると、みるみるうちに顔が大きくなっていった。
人々はこれを見て「此処にいる人の顔はなんと不思議だ。今まで何ともなかったのに、みるみるうちに細長くなっていく」と、恐ろしくもおかしく、これを見るために立ち止まる人が出るほどだった。
果進居士は少し傍らへ寄ったが、芝居を見ていた者は芝居をそっちのけで、入れ替わり立ち替わり見るほどになった。
顔は二尺ばかりに長くなれば、人々は「外法頭(げほうあたま:妖術に使うドクロ)というのはこれであろう。これを見ないでどうしよう。後の話にしようぞ」と押し合いへしあいするほどで、能の役者も楽屋をあけて見物するほどだった。
居士は、今が丁度良い時分と思い掻き消えてしまい、見ている人々が「これは、稀代不思議の化物だ」と舌の先を巻いて怪しんだ。
さて、果進居士は芝居の見物席がことごとく空いたので、舞台の先のよい場所に座席を取って、見物を思うままにした。
近頃、果進居士(かしんこじ)という幻術を行なう者がいる。
上方へと志して筑紫より上って行ったが、日を経て伏見にやって来た。ちょうど日能大夫が勧進能(かんじんのう:田楽などの公演)を行なっていたが、見物人が貴賎(きせん:身分の高低、貴族も貧乏も)をとわず満員になっていた。
果進居士も見物しようと思ったが、中に入る事も出来ずに立ち入る隙も無かった。果進居士は間近によって見ることが出来ないので、ここはひとつ芝居をして入ろうと思って、諸人の後ろに立って下顎をそろりそろりとひねると、みるみるうちに顔が大きくなっていった。
人々はこれを見て「此処にいる人の顔はなんと不思議だ。今まで何ともなかったのに、みるみるうちに細長くなっていく」と、恐ろしくもおかしく、これを見るために立ち止まる人が出るほどだった。
果進居士は少し傍らへ寄ったが、芝居を見ていた者は芝居をそっちのけで、入れ替わり立ち替わり見るほどになった。
顔は二尺ばかりに長くなれば、人々は「外法頭(げほうあたま:妖術に使うドクロ)というのはこれであろう。これを見ないでどうしよう。後の話にしようぞ」と押し合いへしあいするほどで、能の役者も楽屋をあけて見物するほどだった。
居士は、今が丁度良い時分と思い掻き消えてしまい、見ている人々が「これは、稀代不思議の化物だ」と舌の先を巻いて怪しんだ。
さて、果進居士は芝居の見物席がことごとく空いたので、舞台の先のよい場所に座席を取って、見物を思うままにした。